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しかし、田中さんの活動を歓迎しない人もいるという。地元の人間らしい男性から電話がかかってきて、「なんでそんなことをするのか。だまっておけ」とすごまれたことがある。「負の歴史」をあえて伝える必要はない、ということなのだろう。

朝霞の「負の歴史」とされ、元娼婦たちも口をつぐむ

田中さんは目を伏せたまま、静かに語った。「地元はいまもこんな状況で、大半の人が知っていても黙っています。公に語っているのは、私ぐらいでしょうね。元娼婦の女性たちはなおさら話さないでしょう」

数年前、田中さんが紙芝居の絵の展示をした際、それを聞きつけたのか、貸席を使っていた元娼婦の女性から電話がかかってきた。面倒見のよかった田中さんの母を慕っていたといい、「線香を上げたい」と家を訪ねてきたという。しかし女性はその後の人生については詳しくは語らず、「住所や連絡先は聞かないで。家族もいるので、探さないでほしい」と言って立ち去った。田中さんは、朝霞の近隣にはこうした女性がまだ住んでいると考えている。もちろん、自身の過去を語らない女性たちを責めることは決してできない。彼女たちは「語らない」のではなく、さまざまな事情から「語ることができない」のだろう。同様に、「だまっておけ」と言う人々にも、そう言わざるをえない事情があるのかもしれない。取材を通じて、私はそう考えるようになった。

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2020年代になってから元娼婦の女性と再会して聞いた体験談

田中さんに最初にインタビュー取材したのは2022年1月だったが、2023年11月、ふたたび話を聞くと、意外な事があったという。

田中さんは2022年春以降、通っていた温泉施設で、元娼婦ではないかと思われる高齢の女性を見かけるようになった。

小柄で細身、シャンと伸びた背筋。色のついためがねをかけ、ヒョウ柄のレギンスがよく似合っていた。足元は赤い鼻緒のゲタで、爪は赤いペディキュアが施されていた。周囲の高齢女性とは明らかに雰囲気が異なる「かっこいい」風貌に加え、田中さんが元娼婦ではないかと思った理由は、女性の仕草にあった。女性は同年代の女性数人と談笑していたが、その時、手を大きく広げたり、指を鳴らしたり、口笛を吹いたりといったリアクションをしていた。田中さんは少年の頃、米兵を相手にし、そのような仕草をする女性をよく見ていた。