時雨とヒュードリは対等な友人の関係を維持しようとし、杜子春はコマッタの介護役を引き受け、二階堂はレイブンを支配し、操ろうとする。宿主と転生者の関係は集団や組織の人間関係と同様、多様で複雑なので、どれが理想で、どれが実用的かはにわかには決められないが、要は合意をどう形成するかだ。宿主と転生者が合意し、強い絆で結ばれれば、行動から迷いは消える。しかし、一方的な支配関係にある場合は支配されている側に必ず不満が蓄積するはずで、そこを刺激すれば、反抗に転じる可能性もある。
ライトノベルの異世界転生ジャンルが、経済的・文化的ギャップから生じうる植民地化の欲望を下敷きとしていることをすでに述べた。必然的に本作は異世界転生の殖民論的性質を抽出し、本格SFの理論と思索によって解体、再構築を成し遂げた発展作となっている。
本作において異世界間のギャップは、まず第一に転生者と宿主の意識のコンフリクトの問題として現れるが、私はここで用いられる「同期」という言葉に注目したい。異世界転生システムは量子もつれの理論に依拠しているため、この言葉は繰り返し登場する。
あなたの本体と分身はDNAも同じだし、記憶や経験、実績、能力、さらには感情や欲望も共有しているので、離れた時空にあっても、それらを瞬時に同期させることが可能なのです。
本を読むように他者の意識を受け容れなさい。読書という行為は、著者の考えを自分の脳に植え付けることである。つまり他者の意識を自意識に同期させることにほかならない。
分身の経験、学習成果は本体と同期するので、分身からの報告は本体を通じて共有できるし、こちらからの指令も本体経由で分身に伝わる。
技術革新は日進月歩。めくるめくアップデートのスピードに巻かれて、つい数年前まで味わわせられていた感動すらもすぐに忘れていってしまう。今の今はAI技術がせっせと書き換えていく常識に気持ちをごっそり奪われているわれわれだが、同期という概念——ファイルの複製、転送、そしてクラウド——がもたらした思考と意識の変革、その影響の大きさにも計り知れないものがあっただろう。同期という概念はまた、差異に目を向けさせる言葉でもある。差異。われわれは差異によって、重要な何事かに気づくことがある。われわれは差異に気づくことによって、誰かを深く傷つけることもある。古来、書物を転写するさいに不注意から生まれるヒューマンエラーとしての差異は避けがたく、しかしその差異が、後世の研究家にとっては得難い手がかりとなる。平安時代に貴族たちがそれぞれ残した日記に何が書かれ、何が書かれなかったかの差異が当時のリアルな人間模様を伝え、権力地図を伝える。われわれはどんな時もほとんど差異の手触りにすがりついて物を知り、道を知り、前へと歩むことをしている。差異を知覚し、擦り合わせ、吸収してやっと、先に進むことができる。
異世界もまた、そのように全身全霊をかけおそるおそる繊細な手つきで探り合い、触れ合い、理解と敬意を交換するべき他者である。
他者と出会い、彼我のあいだの落差が埋め合わせられようとするとき生まれるエネルギーの大きさもまた計り知れないものがある。