かつての退職者たちは、退職届を出してから半年間も慰留されたり、気に入らない社員が退職を申し出た場合は、止めるどころか「明日から来なくていい」と言われて会社を去っていくなど、どれも遺恨を残す辞め方だったという。
ワンマン社長に対抗するための“完璧な退職理由”とは
「うちの会社では、退職希望日の2カ月前までに意向を伝える、と定められていました。法律上は2週間前に申告しても問題ないと知っていましたが、円満に会社を辞めるには就業規定を守るのがベスト。そこで『銀行員の彼氏からプロポーズをされたので、彼が住む秋田に引っ越す』というシナリオを描いたんです。退職を申し出た日から逆算して、自分が普段よりも会社から早く帰った日のなかから“大安”を選び、プロポーズの記念日も設定しました」
ちなみに岸本さんには、遠距離恋愛中の恋人がいるが、プロポーズはされていない。ウソの中にリアルを織り交ぜるのが、シナリオ作りのコツだとか。そのほかにも、恋人が住む秋田市での転職先も決まっている、などさまざまな“設定”を考えてすべて暗記し、その日を迎えた。
「私が退職の意向を伝えたときの社長の第一声は『辞められたら困る』でした。在宅勤務も提案されましたが、私は『すでに引越し先も転職先も決まっているので、辞退するわけにはいかない』と伝えました」
岸本さんは、実際には同じ広告業界への転職が決まっていたが、働いていた会社では「同業他社への転職はタブー」とされていた。そのため、社長には「福祉関連の仕事に就く」と伝えたという。
「同じ業界で働くなんて言ったら、その場で怒り狂うのはもちろん、転職先にも迷惑をかけかねません。そこで『まったく別の業界でチャレンジしたい』という理由を話したところ『お前は新しいことをはじめるタイプではない』と言われたんです。私の人生や未来を否定された気がして、これまで社長から浴びせられた言葉のなかで一番ショックでした」
しかし、社長の逆鱗に触れれば、有給休暇を消化する前に辞めさせられてしまう。岸本さんは、その後も度々社長から呼び出されて引き止められたが、社長の機嫌を損ねないようにしつつ、拒否し続けた。