石原さとみは“ほぼすっぴん”で撮影に挑んだ
さらに、キャストのハマり具合も絶妙だった。野木は脚本を書くとき“あてがき”をすることが多く、主人公・三澄ミコトを演じた石原さとみもそうだった。
ミコトは、石原が多く演じてきたフェミニンな役柄とは違っていた。さらには、それまで多くのドラマでも描かれてきた「強い女性」とも一線を画していた。
仕事熱心で優秀だが、奇抜ではなく、恋もするし、お腹もすくし、ちゃんと傷つく。等身大で生きているミコトという女性の姿は日本のドラマにおいては新鮮だった。「のぎといういきもの」によると、石原はこのドラマ撮影時、コンシーラーでちょっと隠す程度のほぼすっぴんだったという。そうしたプロ根性もミコトに近いものがあるし、信頼できる人物像になっていた。
そんなミコトと、明るい検査技師・東海林(市川実日子)のベタベタしないシスターフッド的な関係も魅力的だったし、物静かな役柄も多かった井浦新が態度も口も悪い執刀医・中堂系を演じたのも新鮮だった。
医者一家の“落ちこぼれ”として育ったへっぽこ医大生・六郎(窪田正孝)の成長も、ラボ存続ばかりを考える頼りない存在にみえて、肝心なところでは“胸アツ”な決断をする神倉所長(松重豊)も、中堂の暴言にびくびくしながら、後に意外なふてぶてしさを発揮する「癒やし」「笑い」担当の坂本(飯尾和樹)も……。徐々に凸凹のピースがハマるように合致し、「チーム」になっていく過程もまた見応えがあった。
野木の強みを大きく引き出した「法医学」
そもそもの出発点は、野木が「女主人公の法医学ドラマ。あとは好きにつくっていい」というお題をもらったことだったという。
「以前から一緒に仕事をしたかった『Nのために』チーム(塚原Dと新井P)とやらせてくれるという人参を鼻先にぶら下げられ、困難な道ではあるが走ってみるか、とトライしたのだった」(野木亜紀子のnote「のぎといういきもの≒野木亜紀子」~「アンナチュラル倉庫」)
「第96回ザテレビジョン ドラマアカデミー賞」の脚本賞受賞インタビューでも「法医学に詳しかったわけではありませんが、もともと理系ジャンルの方が好きなので身構えることはなかったし、以前から人の生き死にについては思うところがあったので」と語っているように、「法医学」は野木の強みを大きく引き出すものだった。
ひたすら文献を読み、法医学の現状を調べるなどの地道な作業は、野木がかつてドキュメンタリー制作会社に勤め、取材やインタビューを手掛けていた経験の賜物だったろう。さらに圧倒的なのはその構成力だ。『アンナチュラル』では作品全体の大きなテーマとして連続殺人事件を追いつつ、各話で事件を縦軸に、横軸としてそれぞれの人物の背景やエピソードを描き、それらを貫く人間ドラマを描き切った。