江戸時代、吉原人気を支えた遊女のレビュー本こと「遊女評判記」。しかし刊行が盛況だった頃は、その内容もヒートアップして「この作者は本当に性格が悪いな!」と感じる記述も。遊女たちの性格だけでなく、外見まで厳しく論評するその中身とは…? 歴史研究者の高木まどか氏の新刊『吉原遊廓―遊女と客の人間模様―』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)

写真はイメージ ©weapons_photograph/イメージマート

◆◆◆

吉原人気を支えた「遊女のレビュー本」

 大繁盛の時代、いまひとつ盛り上がりをみせたものに、遊女評判記の刊行があります。

ADVERTISEMENT

 遊女評判記は、遊女のレビューをまとめた本です。遊廓で遊ぶ客のためのガイドブックであり、遊女の宣伝媒体で、吉原案内としてよく知られる吉原細見の前身といえるものです。そこで書かれた評判は、遊女の外見や性格にとどまらず、客との噂話や、床とこでの情事にも至ります。

 例を挙げれば、こんな形です。

「角町庄右衛門抱えの千手という遊女。心立てよく、情も深くて万良い。だが、口元に嫌なところがあるとのお話。ある時三浦屋の生田・初嶋と一緒の酒宴にでたが、千手は生田の客に例のごとく口を吸わせ、奪おうとしたらしい。初嶋が目ざとく気づいたからいいが……世の若い女郎は客を吸いとられてしまうだろう」(『吉原大雑書』)。

 千手の良いところを書きつつも、口吸い(口づけ)を仕掛けて他の遊女の客を奪ってしまう常習犯だ、ということを暴露する評判になっています。

 ほかには、三浦屋の小紫という遊女と「床入」(寝所をともにすること)をしないで七度を迎えた客が、ようやく本懐を遂げた顛末について書かれている評判もみられます(『吉原草摺引』)。

 床でのアレコレはやはり読者の関心が高かったのでしょう。遊女の「一儀」、すなわち男女の交接は「お茶」という言葉で表され、「お茶は初対面にても望次第。百服にても立由」(『嶋原集』三笠)などと書かれているものも。隠語を使って遊女の年齢や悪口が記されている場合も多く、いってしまえば評判記は、ゴシップ色の濃い、下世話な類のレビュー本だったと言えるでしょう。

 もっとも、遊女評判記ははじめから下品なものであった訳ではありません。江戸時代初期のころから遊女評判記は細々と刊行されていますが、はじめは紀行文体であったり、遊女をあらわす詩歌に力をいれたりと、高尚とさえいえるものでした。それでは、なぜゴシップ的な要素が増えていったのか。ひとえに、吉原が繁盛し、遊女評判記の刊行も盛り上がっていったためです。