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完璧だった義母の信じがたい変化

 義母はとても聡明な女性で、普段から多くの本を読み、様々な情報を入手することを躊躇しない人だった。年齢よりもずいぶん若々しく、美しい人でもあった。常に身だしなみに気を遣い、髪は必ず月に一度、美容院で染め、化粧もきれいにしていた。美白に命をかけていた。美肌のためのナイトルーティーンには1時間以上をかけていた。接客の際は粋に着物を着こなしていた。とにかく、完璧な主婦だったのだ。いくら彼女が若かりし日の私をいびり倒した因縁の姑だとしても、それは間違いのない事実。だからこそ、彼女の変化は、にわかに信じがたいものだった。

 そんな私にもひとつだけ、気になることがあった。義母が開いていた茶道教室の生徒さんが、ひとり、またひとりと教室を辞め始めたことだった。一時は15人程度いたはずの生徒さんたちが、気づいたときには3人にまで減っていた。これも義母の変化に関係があるのだろうか。とある生徒さんにさりげなく聞いてみた。彼女は言いにくそうに、「先生が、怒ることが増えたんですよ。それに、おっしゃっていることがくるくる変わるし、もの忘れも増えて」。

写真はイメージ ©moonmoon/イメージマート

心の病ではないか

 私は、多くの証言が集まったこの時点でさえ、義母の認知症を完全に疑う段階にはなかった。むしろ、心の病ではないかと考えた。義母が70歳の時に開業した和食料理店は連日の賑わいで、かろうじて週休2日を維持していた。アルバイトの3人はとてもいい人たちだったけれど、人を雇うことは簡単なことではない。そのうえ、嫁(私)は一切言うことを聞かないし、息子(夫)は実家の商売に無関心だ。

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 きっと心が疲労しているのよ! 勝手にそう考えた私は、注意深く義母を観察するようになった。必要であればメンタルクリニックを受診すればいい。長年不眠症に悩まされている私が通っているクリニックに、お願いすればいい。辛い様子だったら、さりげなく誘ってみればいいと考えた。しかし義母はこの時点でも、明るく、としていた。よくしゃべり、笑い、食べ、毎日を楽しんでいるように見えた。車の運転もしていた。

 誰にでも浮き沈みはあるものだ。それが義母にあっても不思議ではない。しかし、義母の様子は、周囲の心配をよそに、徐々に、そして確実に変化しはじめていった。