『マン・カインド』(藤井太洋 著)早川書房

 SF作家・藤井太洋が描く近未来には、ハッとさせられる。鋭いナイフを喉元に突きつけられたかのような、ひんやりとした感覚。「近未来」というよりも、解像度の高い真実の行く末「真未来」。SF長編『マン・カインド』も冴えたリアリティに満ちる。これは20年後、ノンフィクションになり得る作品だ。

 2045年、南米。独立を宣言した企業都市テラ・アマソナスで、地元の防衛隊とアメリカの軍事企業グッドフェローズの派遣部隊が「公正戦」を開始した。ドローン戦争による殺戮が行き着くところまで行った反動から生まれた、当事者が厳密なルールのもとに行う新しい戦争・公正戦。高性能な多脚ローダーを擁するグッドフェローズの部隊を打ち破った防衛隊の指揮官チェリー・イグナシオは、投降した部隊員5名の射殺を命じた。ハーグ陸戦条約に違反する戦争犯罪。その虐殺を目撃した日本人ジャーナリスト迫田は、ニュースを全世界に発信しようと試みるも、記事の真偽を判定する確認プラットフォームに拒否される……。

 すでに現実のものとなっているドローン戦が激化したのちに、装備を事前に申請し、あくまで戦場にいる兵士のみが撃ち合う、まるでゲームのような公正戦がもてはやされるというビジョン。それは正義という名の同意が欠かせないSNS時代を反映したシニカルなもの。そして、AIが生成するフェイクニュースの氾濫を受け、AIが真偽を判定するマッチポンプ的構造は、あと数年で現実のものとなるだろう。

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 こうした状況において、作中ではふたつの謎が浮かび上がる。チェ・ゲバラの扮装をする謎めいた男イグナシオは、なぜ無防備な捕虜兵士を殺さなくてはならなかったのか? もうひとつ、虐殺を伝えるニュース記事は事実であるにもかかわらず、なぜフェイクと判定されたのか?

 アメリカ南部を訪れ、部隊員の遺族に慰謝料を配ることになった迫田と、サンフランシスコで事実確認プラットフォームの開発に携わる青年トーマの視点から次第に真相は見えてくる。私たちは、緻密な考察で組み上げられた2040年代に呑み込まれ、謎に搦め捕られながら、一気にページをめくることになる。

 中盤からは、作品名である「マン・カインド」が大きな意味を持つ。“人のようなもの”とは一体……。あらゆる正誤を支配するAI、肉体を通信の導電体へ変える人体インプラント、機械と同調する分岐意識。次なる人類の出現は、人間存在の本質を問うものだ。

『マン・カインド』の世界は、藤井の短編集『公正的戦闘規範』に収録された2作(表題作及び「第二内戦」)とつながっている。あわせて読めばさらに背景の理解が深まるだろう。

 さて20年後、人類は何を得て、何を失っているのか。立ち止まるべき分岐点は今かもしれない。

ふじいたいよう/1971年、奄美大島生まれ。2012年に個人出版した『Gene Mapper』が大ヒットとなり、作家へと転身。15年『オービタル・クラウド』で日本SF大賞、19年『ハロー・ワールド』で吉川英治文学新人賞を受賞。著書に『東京の子』『第二開国』『オーグメンテッド・スカイ』など。
 

うづきあゆ/書評家、ゲームコラムニスト。文芸誌「SFマガジン」やウェブメディアで書評を手掛ける。