ラッキーハンターの“人を笑わせる”意外な才能
初めて見るものに動じないラッキーハンターは、ゲート試験もスムーズに合格した。これは競走馬デビューのためには必須の試験だが、警戒心が強すぎるなどの理由で何度トライしてもゲートインできない馬もいるというから、担当者の喜びと安堵感はひときわ大きい。肝が据わっているというか、何やら大物感さえ漂っているような気がするが、「どちらかというと、天然のマイペースタイプです」と分析する林さんは、ラッキーハンターは人を笑わせる才能にも長けていると言う。
レースの出場が決まった競走馬は、前の週から“追い切り”と呼ばれる本番さながらのタイムを目指したトレーニングをする。普段よりも格段にハードな調教なので、汗や土をきれいに洗い流してあげた後は、特に負担がかかる膝から蹄の上にかけてアイシング用の白い粘土を塗る。これは筋肉の疲労回復に効果があるもので、競馬界では定番のアフターケアだ。
林さんがラッキーハンターの異変に気づいたのは、ほかの用事をすませて再び様子を見に行ったときだった。厩舎の通路の先に、馬房から顔を半分覗かせてこちらに視線を送ってくる栗毛の若馬が見えた。しかし、その姿はいつもとまったく違っていた。
ラッキーの馬房に、ピエロがいる……!
粘土を塗った前肢で顔を搔いたのだろうか、まるでピエロのメイクを施したように、ラッキーハンターの左目のまわりが白くペイントされていた。笑いを堪えきれないまま林さんがスマートフォンを構えると、ラッキーハンターは嬉しそうにカメラ目線になったそうだ。
「偶然とは思えないキレイな仕上がりで、大笑いしました。ラッキーには生まれながらにして、人を笑わせる才能があるんです」
ラッキーがなぜか驚いて飛び上がってしまった
人間の世界には、意図せず面白いことができる人がいるが、どうやらそれは馬の世界にもあり得ることらしい。さらに林さんが教えてくれたのは、砂浴びタイムのエピソードだった。
「ラッキーは砂のうえでゴロゴロするのが大好きで、馬にとってはストレス発散効果があります。トレーニングを頑張っていたので、少しでも気分転換ができればと砂場に連れていってあげたら、そこで驚いて飛び上がってしまったことがあるんです」
「いつも大らかで何にも動じないラッキーがそこまで驚くなんて、何があったんですか?」
私が信じられない思いで訊くと、答えは予想もしないものだった。
「自分のオシッコを嗅いだんです」
「自分のオシッコの臭いに驚くって、どういうことですか?」
「馬はフレーメンといって、尿の臭いを確認して歯を剝くような表情を見せることがありますが……ラッキーのあれはおそらく違うと思います。動画があります」
林さんのスマートフォンに、砂場で仰向けになって四肢を振り回すようにして砂浴びを楽しむラッキーハンターの姿が映し出された。