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 砂浴び最高~♪ 最高だ~♪ 今日も一日頑張った~♪

 ラッキーハンターの様子から、即興の鼻歌が聞こえてきそうだった。馬は骨格上、自分の体の多くの部分を自分で触ることができない。特に背中や腰は、虫に刺されたり汗をかいたりしても気軽に搔くことができない。馬にとってのゴロンゴロンは、おそらく犬や猫よりも遥かに至福のときなのだろう。

 動画のラッキーハンターは、やがてスックと立ち上がると放尿をはじめた。体重400キロ以上の大動物の尿はまるで滝のような迫力だが、足元のサラサラの砂がすみやかに吸収していった。

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 事が終了するとラッキーハンターは、確認するように濡れた砂に静かに鼻を近づけた。その瞬間、馬体が弾かれたように上下した。パニックでも起こしたのかと思ったが、2、3回ジャンプして走りまわると冷静になった。そして自分の尿を大量に吸い込んだポイントに戻り、先程と同じように鼻先をピタリと砂につけると、再びロデオのようにさらに激しくジャンプした。すぐに冷静になったので事故の心配はなかったものの、林さんが「一瞬、焦りました」と言うのも無理はない。

「ラッキーは、どうしちゃったんですか!?」

 私が訊くと、林さんは「あくまで推測ですが」と前置きしたうえで、ラッキーハンターの気持ちを代弁してくれた。それによるとシーン1は「くっさー!」で、シーン2は「やっぱり、くっさー!」だ。セリフを当てて再度動画を見たら、笑いが止まらなくなった。自分のオシッコにそこまで驚くなんて、ラッキーハンターの嗅覚はいったいどうなっているのか。だって、すごーく臭かったんだもん! そんなセリフが聞こえてきそうな気がした。

 新馬時代のエピソードを知ることで、私はラッキーハンターの魅力に益々惹きつけられた。人間が大好きで穏やかな性格で、かといって優等生的というわけではなく、むしろ人に笑いを届ける才能をたっぷりと兼ね備えている。ラッキーハンターは、人間社会に幸せをもたらしてくれる存在だと思った。

目の輝きがみるみる増し…

 ラッキーハンターが午前中のホースセラピーの仕事を終えたと聞いて、私と林さんは厩舎へ移動することにした。通路を進んでいくと、はるか前方で栗毛の馬が「あ!」という感じでこちらに注目した。「あの人は、もしかして、もしかするとぉ……」と、目の輝きがみるみる増しているのが遠目にもわかった。

写真はイメージ ©Hiromiイメージマート

「ラッキー、元気そうだな!」

 林さんが呼びかけると、ラッキーハンターは「やっぱり、そうだー!」と言わんばかりに馬房からグイと顔を突き出し、さらに確認するように林さんの手や体に柔らかな鼻先をピタピタとくっつけた。元競走馬は、現役時代の調教担当者との久しぶりの再会をあきらかに喜んでいた。

「ラッキー、嬉しそう。林さんが本当に好きなんですね」

「そうだったらいいですけど、目当てはコレじゃないかな」

 林さんが笑いながらお土産のニンジンを取り出すと、ラッキーハンターは前肢で地面をカシカシと搔く仕草をした。これは“前搔き”といって、要求をあらわすボディランゲージのひとつだ。さすが人気ナンバーワンのおやつだけのことはある。口にするときは3分の1くらいずつ、パリポリと丹念に嚙み砕いていて、大好物の味を丁寧に楽しんでいた。

 おやつタイムが終わると、林さんは馬房ギリギリに背を向けて立ち、ラッキーハンターの頭部を自分の右肩に乗せるようにして両腕で優しく抱きしめた。おそらくこの体勢は馬にとって“抱っこ”のようなものなのだろう、ラッキーハンターも至福のときを味わうように静かに力を抜いている。競馬業界では人馬一体という言葉がよく使われるが、それは騎手と競走馬に限定したものではないのかもしれない――美しい光景に、私は静かな感動を覚えた。