北尾女流二段は、将棋と「どうぶつしょうぎ」の指導対局を行い、引率の先生に「ぜひ学校で取り組んでください」と将棋盤駒とパンフレットを贈呈した。以来、日本国内での普及活動と並行して、これまでに世界約30カ国を訪れている。
「海外普及を始めた頃は現地に何の道具もなかったので、行くたびに大量の将棋盤と駒を持っていきました。学校に行って教えるには、生徒の数だけ必要になります。全部で100キロくらいになる荷物をスタッフで持っていって、行く先々で配ってきました。
そのあとでテキストが足りないとか、技術的な部分を知りたいとか、需要がどんどん変わってくる。それで自分の著書4冊と金子タカシさんの著書2冊を翻訳して、現地で欲しい方には販売するようにしました。盤と駒も現地で買う場所がないという声があったので、チェスショップなどと提携して、そこで扱ってもらえるようにして。
今は将棋を広めようと頑張ってくれる現地の方が増えてきたので、それをアシストしてあげられるような活動がメインになってきています」
ライフタイムゲームの未来
6年前にイタリアを普及のために訪れたときのことだ。フィレンツェの囲碁クラブで活動している岡勇さんの紹介でミラノの「ゲームの館」館長のジョナタ・ソレッティさんに会った。驚いたのは、ジョナタさんが使い込まれた「どうぶつしょうぎ」を持ち出してきてくれたことだ。駒のイラストはヨーロッパ風にアレンジされていて、学校で教えるために自分たちで作ったものだという。北尾女流二段は「自分が訪れる前に、ここに来て広めてくれた人がいるなんて」と感激した。
館内には世界中から集められたゲームコレクションが保存されている。ジョナタさんは囲碁やチェス、バックギャモンを主にプレイするが、それらは衰退の一途を辿っていると話した。現代においては、一つのゲームに長い時間を費やすことが合わないというのだ。
「彼は将棋や囲碁を“ライフタイムゲーム”と呼んでいました。人生を費やしてしまうゲームという意味です。今の時代は、もっとライトな感覚で始められなければ、受け入れてもらえないと言われたのが耳に残りました」
将棋や囲碁はゲームとしての奥深さゆえに、その本来の面白さを理解できるまでに何年も続けていくことが求められる。娯楽が多様化して、個人の時間が多くのものに振り分けられる時代において、“ライフタイムゲーム”を選択する人は限られるだろう。
北尾女流二段は、人が夢中になる価値のあるものは、いつの時代でも受け入れられ、続けていく人がいるはずと話す。
「趣味が多様化した現代でも将棋の魅力は色褪せず、生涯学び続けることのできる奥深さを持っています。『どうぶつしょうぎ』は手軽に遊べる将棋の第一歩として、世界中の子どもたちに触れてほしい。それが入り口となって、たくさんの人がルーツである将棋の魅力に気づいてくれることを願っています」
写真=野澤亘伸