「夫を日本の軍人に殺害されていた」ヤンさんが母子家庭であった衝撃の理由

 ヤンさんや金山さんが異国の孤児――それも自分たちを圧迫した国の孤児――を助けたのは、なんの政治的理由もなく、国家の意識もなく、ただ心に沸き上がった人間への愛にほかならなかっただろう。ひとりになった子どもと「家族」になろうとしてくれた。これは、美しいことだ。

 だが現実は、個人の愛で、人は救いきれない。実は、ヤンさんが母子家庭であった理由を、友田さんは何十年もあとに知る。ヤンさんは最後まで友田さんに打ち明けなかったが、実は戦中、夫を日本の軍人に殺害されていた。孤児を救った愛の人は、自分の家族は破壊されていたのだった。

 弱い立場の人の強い愛があったことは事実。だが戦争はそれも飲み込んで破壊する。破壊するだけ破壊するのに、始めようとする責任者たちは、決してそれを最初に伝えない。そして始まってしまえば、どうなろうとも、守ってはくれない。かつてはみんなが肌身で知っていた当然のこと。こうした当然の前提は忘れられ、いまでは、簡単にほかの国を憎む言葉を吐き、対立を歓迎するような人も増えた。

ADVERTISEMENT

自身の戦争体験を語り継ぐ友田さん(撮影=フリート横田氏)

原爆の惨状を知らない若い世代も増えてきている

 もう「原爆孤児」という言葉も、忘れられてしまっているように思う。もっといえば原爆自体の惨状を知らない若い世代も増え、原爆の記憶は急速に風化してきている気がしてならない。

 2024年、日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)がノーベル平和賞を受賞した。そのとき筆者の周りでこの快挙の話をしている人はほとんどいなかった。世間の注目度もほかの芸能ニュースなどに紛れ、いつしか流れていってしまったように感じられた。

 オスロでの授賞式の際、自身も被爆者である代表委員・田中熙巳(たなかてるみ)さんが演説に立った。その際、2度に渡って強調したくだりが忘れられない。

「原爆で亡くなった死者に対する償いは、日本政府はまったくしていない」

 国家は、旧軍人軍属らに対しては恩給、遺族年金を総額約60兆円も支払ってきた。しかし被爆者については、要件を満たす人に対して社会保障の枠組みで救済したものの、補償はしていない。

 なにより、なにも言えずに空襲の炎で焼かれて亡くなった大勢の人々、なぜ戦っているのかなども分からないままに大やけどをおい、苦しみ抜いて亡くなった無数の子どもたちには、一切の償いはなかった。

 結局、戦争をはじめる人々は、本質的な責任はとることができないのだ。