親が認知症になる前に

 相続を見据えて早めの空き家対策を講じる必要性を強調しました。相続が起こってからあわてて対策を考えるよりも、親が生きていて元気なうちに実家の未来図をお互いに確認しておくことが肝要なのです。

 しかし対策を有効に打つためには、「親が元気なうち」という条件がつきます。というのも実家の所有権を持つ親が認知症などを患い、正確な意思判断ができなくなると、実家を含めた不動産の売買が有効に成立しなくなるからです。たとえば、親に代わって子が実印などで押印して、不動産売買を行なっていても、税務署からはその取引自体を税負担回避行為として否認されることがよくあります。

 私の家の事例に戻ります。父親が亡くなってから数カ月後、私は母親から電話をもらいました。

ADVERTISEMENT

「私はもうこの家に住むのは嫌なの。あなた不動産屋なんだからどこか都内のマンションを探してちょうだい。私は都会の女なの。こんな横浜の田舎に住み続けるのなんてまっぴら」

©siro46イメージマート

 アメリカ暮らしが長く、半分アメリカ人のようになっていた母親は、あっけらからんとした性格。それでもさすがにこの申し出には私も驚きました。私は不動産投資のお手伝いもするため都内のマンション売買には詳しいですし、タワマンをはじめとした高額マンションは相続対策につながることもよく知っています。ところがなぜか私は母親の申し出をうんうんと聞きながらも、年寄りが急に住居を変えるといきなり認知機能が衰えるとの話が頭に浮かび、適当に聞き流してしまいました。

 それからしばらくして、兄から母親はすこし認知症の疑いがあると言われ、数年後に亡くなります。あの時の母親の申し出が認知症を患ってのものだったのか未だに私にはわかりませんが、結果として二次相続では相当の相続税が課税されることになりました。母親の申し出通りに実家を売却し、都心タワマンに買い替える機会はあったはずなのに。人には専門家として高説を垂れるくせに、自分の親には遠慮して結局十分な対策も打てずにうろたえる。今でも時折思い出しては苦笑いをしています。二次相続で問題となるはずの実家は、ありがたいことに兄が引き継ぎ、そのまま実家に居を移してくれましたので、わが家の実家問題はとりあえず決着しましたが、兄夫婦には子がいません。兄に相続が起こったら、この問題はとりあえずの「先送り状態」にあるのです。