インディペンデント映画の登竜門、サンダンス映画祭。毎年、審査員によるグランプリと並んで注目を集めるのが観客の投票で選ばれる「観客賞」だ。昨年のワールドシネマ・ドキュメンタリー部門の観客賞には心を揺さぶる感動作『イベリン:彼が生きた証』(ネットフリックスで配信中)が選ばれた。物語は深い喪失から始まる。25歳で天国へ旅立った主人公のマッツ。彼の遺影に父親の声が重なる。

「マッツは死ぬ前にパスワードを残していた……おそらく意図的に」

 彼は生まれつきデュシェンヌ型筋ジストロフィーを患っていた。4歳頃から筋力が低下し12歳前後で歩行困難となる。体の自由が利かなくなるにつれてビデオゲームに没頭し家族が外に連れ出そうとしても拒んだ。家にひきこもり深夜までゲームに明け暮れ、亡くなるまでの10年間は毎日12時間、計2万時間もゲームの世界にのめり込んだ。

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「友情も恋愛も経験しない。誰かに影響を与えることも」

 そう両親は嘆いた。息子の死を受け止めきれない中、ふと彼が残したブログのパスワードを思い出す。両親は当てもなく息子の死を伝える文章を公開した。すると突然、世界中から大量のメールが届く。

©佐々木健一

「マッツは本当の友達でした」

「情熱的で女性によくモテた」

「自分がどれほど周囲に影響を与えたか彼は気づいてない」

 次々と送られてくる内容に両親は戸惑う。ゲームの世界の息子(ハンドルネーム「イベリン」)は一体、何者なのか?

 ここから両親が知らないマッツの“人生”が描かれていく。彼が生きたのは世界中のプレイヤーが同時に参加するオンラインRPGの世界。ログを辿り、ゲーム内での彼の言動が忠実に再現される。外見や身体の制約から解放された彼はメタバース空間で人生を謳歌し、恋愛や友情はもちろん、人間関係での失敗も経験していた。それら全てが豊かで愛おしい。人はどう生きるべきかを問う傑作である。

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『イベリン:彼が生きた証』
https://www.netflix.com/jp/title/81759420