酪農家たちの経済的負担、労力はこれ以上割けない
その日以降、昨年は300頭以上の牛のすべてを牛舎に引き揚げていた。本来であればかからないはずの餌代、そして掃除などの労力を、酪農家全員が割く必要に迫られたのだ。
今年に入って全員で話し合い、いくつかの対策を取った。夜通し音を出し続けるスピーカー付きのラジオを3台、50万円はするオオカミ型の追い払い装置「モンスターウルフ」も設置した。
「いろいろ対策したのにだめなんだな……、あとどうすればいいのよ……」
牧夫のひとりもため息をつく。今年も牛を引き揚げるわけにはいかない。酪農家たちの経済的負担、労力はこれ以上割けない。かといって、ヒグマを追い払う装置でも被害を防ぐことはできそうにない。ここで放牧を行う8軒の酪農家や牧夫を、諦めに近い空気が取り巻いていた。「寝ないで監視するしかねえのかな……」と冗談交じりにつぶやく者もいた。
被害直後の実地調査で判明した事実
やがて牧草地の奥から藤本が現れた。標茶町農林課の宮澤とともに被害現場周辺の調査をしていたようだ。こちらを見るなり、「場所よくわかったな、お前」と笑う。呆れたような表情だった。そして、ここまでついてきたなら、といくつかの質問に応じてくれた。
「この現場で被害が起きるというのは、対策本部で藤本さんが予想していたのと似ていますよね?」
「似ているんじゃなくてそのものだ。同じルート。読んでるルートどおり。だからこの先、先手先手でいければ何らかの反応は出ると思う」
藤本は牧野の周辺に張り巡らされた有刺鉄線を見回り、ヒグマの体毛を回収したという。その体毛は後日、DNA分析により、OSO18のものであることが確かめられた。
被害直後に詳細な実地調査を行うのは、藤本にとってこの日が初めてだった。その中でこれまでの想定を覆す事実が判明することになった。
まず、OSO18の由来にもなった足跡の大きさである。これまでの被害現場で見つかった前足跡の幅が共通して18cmだったことからOSO18と名付けられ、400kgを超える大型のヒグマであると想定されていた。中には、「超巨大ヒグマ」とまで形容するものもいた。
