失敗に対して異常に厳しい日本
安野 失敗に対して異常に厳しい空気は日本の大きな問題点で、たとえば一口にチャレンジといっても、さまざまな性質の挑戦があるわけです。99%成功して当然だよねというチャレンジもあれば、1%しか成功しないけどうまくいったら非常に波及効果の高いものもある。でもそれって、期待値的には等価だったりします。
会社のなかの評価でも、実はこの構造があまり理解されていなくて、基本プロなら成功して当然でしょ?みたいな目で1%しか成功しない挑戦を測ってしまう。当然、1%しか成功しないものにチャレンジする人のトラックレコードは「失敗だらけ」です。でもそれを同じ評価基準で切り捨てていれば、チャレンジする人がいなくなるのも当然です。
もちろん失敗の仕方には重要なポイントがあって、必ず「小さく失敗する」こと。たまに全ツッコミで資金と人を投入して大失敗という例を見ますが、それでは次に繋げられないですから。
牛尾 すごくよくわかります。僕は昔アジャイルのコーチをしていたのですが、日本企業に新しい仕組みを導入するストラテジーは全く同じです。例えば、大企業にアジャイルを導入するさい、最初はみんなものすごく反対します。でもいろいろ交渉を重ねていくと前向きな人も出てくるので、そこから社内に治外法権の場をつくって「小さく」始めていました。そうでないと、社内の標準化のルールがどうとか、各部署から必ずチャチャが入るんですね。そこで変に魔改造しだしたら大体おかしなことになってまともに機能しない、というのがよくある失敗のパターンです。
でも小さな試みから成功実績をつくり、少しずつ横展開していくとうまくいくんですね。
安野 “治外法権”って意外に大事な要素で、メガベンチャー界隈の経営者に話を聞いていても、新規事業をやるときに一番大事なのは「オフィスを同じにしない」ことだという。必ず別の場所にオフィス借りて、本社からの横槍が入らない場所で挑戦する。同じ空間だと、否応なしに既存の文化が入ってきますから“出島をつくる”のが肝なんです。
スタートアップから「ブロードリスニング」へ
牛尾 安野さんご自身、スタートアップの会社を立ち上げて成功していますよね。
安野 2社立ち上げていて、どちらもエンタープライズ向けのAIソリューションです。最初の会社が2016年ですから、まだトランスフォーマー(深層学習モデル)がない時代に、自然言語処理のディープラーニングでチャットボットをコールセンター向けにつくる会社をスタートしたんです。
牛尾 めちゃくちゃ早い時期ですね。当時のマシンラーニングではAIといってもそんなにたいしたことができないでしょう?
安野 そうなんです。今のChatGPTのように森羅万象について答えさせるのは難しいのですが、コールセンターで答える特定のサービスだけはなんとか学習できるところまでもっていって。テキストの生成はできませんが、この質問には「これが役立つ」という分類ならいけたので、それを元にサービスを開発しました。
牛尾 興味深いですね。安野さんが開発した、市民の声を吸い上げる「ブロードリスニング」のルーツもそこから?
安野 まさにそうで、昔からコールセンターは「大量の通話ログから問題点を発見する」研究が進んでいて、そのボイス・オブ・カスタマー(VOC)の手法がブロードリスニングの原型となったんです。お客様から来る大量のクレーム見て、「こういう問題あるんだ」と気づくメカニズムは、社会的なイシューにもそのまま横展開できるなと思って。
牛尾 エンジニアとしてめっちゃセンスいいですね!