おもしろいことに、コロナ禍で社会の流れが途絶えた一方、科学技術の進歩によって、我々はこれまで経験したことのない新たな世界に足を踏み入れようとしています。中国では、今やあらゆる取引がインターネット上で行われ、さらにAIとロボットが登場し、人間との共存という新たな課題が生まれてきた。この映画を作った一番の動機は、今のこの時代を理解したいということでした。そのために、一度過去に戻り時代の流れを振り返ろうとしたわけです 。

――関心があったのは「過去」ではなく「現在」だったわけですね。

©2024 X stream Pictures All rights reserved

ジャ・ジャンクー 編集の際にずっと考えていたのは、今の時代の気分をどうやって捉えるか、ということでした。今私たちが生きているのは、非常に不確定かつ情報が溢れかえった世界です。だからこれまでのような伝統的な語り口、ストーリーで映画を引っ張っていく方法では、今の時代はとても語りきれないだろう。そういう思いが日に日に強くなっていきました。何の因果関係もないまま、突然何かがぱっと現れ世界が一変してしまう。そんな時代を描いた映画にするには、編集の仕方もこれまでとはまったく別のものにしなければいけないと考えたんです。

ADVERTISEMENT

 そのとき、私の頭のなかには物理学と量子力学の違い、というアイディアが浮かんできました。物理学の世界には、ニュートンが発見した万有引力の法則がありますよね。りんごが必ず上から下に落ちるように、二つの物体の間には必ず力が働き合う、という考え方です。

ジャ・ジャンクー監督(右) ©2024 X stream Pictures All rights reserved

「過去にこういうことがあったから、今これが起きているのだ」というように、一つの出来事ともう一つの出来事との間には明確な因果関係があるのだと。それに対して、まったく別の場所にあって本来無関係である二つのものが、実は離れたところで互いに作用し合っている、というのが量子力学的な考え方であり、それこそまさに現代という時代に起きていることではないかと思えてきたんです。

 ですからこの映画では、量子力学的な視点から、一組の男女が過ごしてきた長い年月を見てみようと考えました。彼らそれぞれが経験してきたものは膨大な情報量となっていて、それらは本来関係しあってはいない。でも二人の間にはきっと何かが作用しあっている。論理で説明はできないけれどここにはなんらかの相関関係がある。そう考え直し、これまでの編集の仕方とはまったく違う形で彼らの物語を語ろうと、もう一度素材と向き合っていきました。