映画の冒頭、グリーンバックの前に立つ俳優レア・セドゥが映る。空っぽの場で一人芝居をする彼女の姿に、一体何が始まるのかと戸惑わずにいられない。不思議な冒頭からわかるように、ベルトラン・ボネロ監督の『けものがいる』は、観客の意表をつく場面が連続する驚くべき映画。原作はヘンリー・ジェイムズの中編小説『密林の獣』。人生の中で「何か」が起こるのを期待する男と、彼と共に何十年もその瞬間を待ち続けた女の数奇な運命の物語だ。
『メゾン ある娼館の記憶』(2011)、『SAINT LAURENT サンローラン』(2014)とゴージャスで先鋭的な映画を手がけてきたボネロ監督は、映画化に際し大胆な翻案を施した。主人公はレア・セドゥ演じるガブリエルという女性に変わり、さらに3つの時代を生きる3人のガブリエルが登場する。1910年のパリで活躍するピアニスト。2014年のロサンゼルスで働くモデル。そしてAIが進化し人間の感情が不要とされた2044年に「感情の消去」を行おうとする女性。3つの時代ごとに、ガブリエルはイギリス出身の俳優ジョージ・マッケイが演じるルイという男と出会い、その度に惹かれ合う。いったいどんな発想からこのような独創的な映画が誕生したのか、ベルトラン・ボネロ監督にお話をうかがった。
◆◆◆
本当の意味で解放されるまで、人は同じことを永遠に繰り返す
――ヘンリー・ジェイムズの原作小説『密林の獣』は、何か決定的な瞬間が訪れるのを待ち続けたあげく、もっとも大事なものであったはずの「愛」を取り逃がしてしまう人の話として読みました。監督は、この小説をどのように受け止め、映画化を決意されたのでしょうか?
ベルトラン・ボネロ おっしゃるように、『密林の獣』は、愛することへの恐怖が先に立ち、身動きがとれなくなってしまう男の話です。彼はすぐにでも愛に手が届く場所にいるのにどうしてもそれに近づくことができず、気づいた時には手遅れになっているのです。
――映画では、原作よりもさらに長い時間が描かれますが、百年以上にまたがる3つの時代を経てもなお、主人公は大事なものを取り逃がしてしまいます。
ベルトラン・ボネロ 「永劫回帰」という言葉がありますよね。本当の意味で解放されるまで、人は同じことを永遠に繰り返すという考え方です。ガブリエルはまさに永劫回帰の状態にあり、前の時代にしたことを次の時代でも繰り返してしまうのです。もちろん私自身は彼女の解放を望んでいるのですが。




