辛抱を重ねていた永瀬がようやく反撃

 私も少し出演してから控室に戻って形勢を聞くと、差が広がり始めているという。序盤の9筋の突き合いを活かし、藤井が9筋の端攻めをしたのがうまかったとのこと。藤井は金銀3枚の矢倉を完成させて玉が入城しているのに対し、永瀬玉が9筋も5筋も凹まされていて不安定だ。藤井が5五銀・6四角の2枚で中央を制圧しているので、反撃もしにくい。

 加藤が深刻そうな顔で盤面を見つめている。加藤は永瀬と同じ安恵照剛門下の妹弟子だ。「第1局も第2局も兄弟子は良い将棋を指していました。あれだけ努力しているのだから報われてほしい」と、祈るような顔をしていた。

控室で検討を見守る加藤桃子女流四段

 藤井が5筋に飛車を回ったところで、永瀬は4筋に歩を打った。ここまで辛抱に辛抱を重ねていたが、73手目にしてようやく反撃だ。だが、これが裏目に出る。

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 藤井が敵陣深くに歩を垂らしたのが絶妙のタイミング。次の歩成りが受からない。刀を振り下ろそうとした瞬間に小手を打たれてしまった。棋士全員が「これはしびれた」という顔になる。大橋が「勝負手だから仕方ないですよね」と言えば、稲葉が「ずっと辛抱していたのですが、こらえきれなくなったんでしょう」と永瀬の心境を慮った。

夕休憩、おにぎり3個の藤井にボリュームあるカレーを頼んだ永瀬

 稲葉が「希望を見ましょう、希望を」と言って、永瀬側の手段を考える。粘り強さでは将棋界随一の稲葉だけあって、あの手この手をひねり出す。豊島も「こういう勝負術があるんですか」とにこやかに笑いながら稲葉の手に感心する。仲がいい2人だ。

ともに関西所属で同世代の稲葉陽八段(左)と豊島将之九段(右)

 永瀬は7三の桂を狙って7筋の歩を突き、藤井が歩を成った局面で夕休憩に。藤井がおにぎり3個に対し、永瀬が「泉州産の野菜とミルキークイーン犬鳴ポーク炙りの鶏キーマカレー」と、今回もボリュームのあるメニューを頼んだ。副立会人の豊島と稲葉も名人戦の経験がある。2人に2日目夕休憩の夜食について聞くと、そろって「サンドイッチかおにぎりの軽食で大丈夫でした」との答え。

 写真=勝又清和

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次の記事に続く それでも永瀬拓矢の心は折れない。先輩棋士が「よっぽど2人は認め合っているんですねえ…」としみじみ漏らした理由とは