日本語がわかるようになってきてからわかったこと

――いまのおふたりの居場所でもある宮津はどうですか、暮らしやすいですか?

ミオ ここに辿りつくまでいろいろ順番が違っていたといいますか、ポルトガルで経験したことは一旦すべてなしにして、一から学び直すつもりで日本に来て、すごく大変だったんですけど、すべてに意味があって、そのおかげでいまここにいる。

 会う人会う人みんな親切で、リカルドにもみなさん本当によくしてくださって、これはもう宮津の土地柄ですね。

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©志水隆/文藝春秋

――リカルドさんは日本で暮らされて、料理以外に、驚かれたことはありますか?

リカルド 先輩と後輩。私の国と、日本は違う。若い人(後輩)もリスペクトしないと。

 最初は日本語がわからなかったから、一緒に働いている人はみんな同じと思っていました。だけど、日本語がわかるようになってきたら、ちょっと違うことがわかりました。調理場に古い人(先輩)が入ったら、その人(の立場)が強くなります。

――年長者を敬う文化のことでしょうか。

リカルド はい。私の国はみんなフラットで、みんな一緒。みんな尊敬してます。

――ポルトガルに帰りたいなあ、さびしいなあって思うことは。

リカルド うんまあ、家族はね。

©志水隆/文藝春秋

――会いたいですよね。

 ポルトガルの方が、お食事に来られることは?

リカルド たまに来られます。家族はまだ。

ミオ 週に1回くらいは、外国のお客さまがお見えになります。天橋立も近いので。

 リカルドは料理に集中したいタイプなので、私がお客様と会話をするのですが、本当にこの土地の素晴らしさを知って欲しいですね。ちょっと不便だからこそ、なんですよ。もっともっと私がお話をして、「このお酢がね」とか「この魚がね」とか、伝えたいことがたくさんあります。