息子との別離
2017年、息子が高校進学のため、家を出ることになった。
「中学時代は個別塾に加え、英語と社会は毎日私と共に勉強していました。しかし『勉強が苦痛』と言い、進学先はエンジニアを育成する目的で創設された高等専門学校を自分で選びました。就職率100%という実績があり、『大学進学が難しいなら、手に職を付けて生きてほしい』という思いでしぶしぶOKしました。子どもに過干渉で学歴を押し付けている当時の私の様子が伝わりますか? 中学生の息子が毎日母親と勉強しているなんてありえませんよね? 本当にモラハラ母だったと思います」
夫は出て行ってからも、毎週のように帰ってきては、子どもたちの話を聞いたり、一緒に食事をしたりしていた。子どもたちの学校行事は全て参加し、息子の進路相談を受けた夫は、「お前が自分で選んだ道ならどんな道でも応援する」と言った。
当時佐伯さんは、息子の学費や寮費のことで悩んでいた。
「貯蓄を崩そうかと悩んでいたところ、義両親から教育費支援の申し出があり、涙しました。夫はこの頃、精神を病んで無職となっていたようですが、私は夫の経済的・精神的なケアを全くすることなく、子ども2人のケアに集中していました。今思い返すと『本当にモラハラ妻だったなぁ』と反省しています。でもこの時の私の脳内は、夫に裏切られ、子どもを2人も残された悲劇のヒロインでした……」
看護師に復帰したばかりの佐伯さんの給与は月24万円。手取りは20万ほど。そのため外食は佐伯さんの母親か義両親が連れて行ってくれる時のみになり、友人からの誘いも断ることが多かった。
経済的には困窮していたが、夫と別居し、距離ができたことで、佐伯さんは子どもたちと変わらず接してくれる夫に感謝できるようになっていった。
2018年に夫がバスの運転手として再就職すると、子どもたちの養育費を入れてくれるようになり、生活が安定してきたことも功を奏した。
子どもたちが手を離れ、友人たちの誘いも断ることが増え、1人で過ごすことが多くなった佐伯さんは、自分自身を振り返るようになっていった。