運命のフルセット最終局

 私の師匠である石田和雄九段が陣頭指揮を執り、「叡王戦は柏」が定着した経緯がある。しかし師匠は体調を崩し、今回は対局場に来ることができなかった。それでも日本将棋連盟のスタッフと、師匠率いる日本将棋連盟東葛支部、そして千葉県将棋連合会とも協力し、石田一門ほぼ総出で運営に携わった。

 朝、対局室に入る前には、白瀧呉服店の白瀧佐太郎さんと目で挨拶を交わした。いつもタイトル戦を裏から支えてくださっていてありがたい限りである。

 対局室には連盟常務理事の森下卓九段、そして新理事に着任したばかりの糸谷哲郎八段もいた。対局者が駒を並べ終えると、最終局ということで改めて振り駒となり、と金が3枚で斎藤が先手に。伊藤はまったく動じることなく、ゆっくりお茶を飲む。立会人の木村一基九段が定刻を告げ、対局が開始された。

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左から順に解説の佐々木勇気八段、勝又清和七段(筆者)、立会人の木村一基九段、連盟常務理事の森下卓九段

 控室に戻り、木村と話す。

「両対局者は前日はリラックスしていました。それにしても伊藤さんは後手番になっても、まったく表情が変わりませんでした」

「イトタクはこの形になるのは想定外だったかなあ」

 やがて大盤解説会に出演する棋士・女流棋士たちが続々と控室に集まった。解説は佐々木勇気八段、高見泰地七段、三枚堂達也七段、聞き手は加藤結李愛女流二段である。また、門倉啓太六段は午前中の特別解説会、午後は青空将棋の指導を担当した。奨励会幹事のため土日の仕事を控えている渡辺大夢六段と、翌週重要な対局がある鎌田美礼女流2級以外、石田門下が勢揃いした。

 その後、岡崎洋七段、竹部さゆり女流四段、宮澤紗希女流初段も控室に足を運び、熱心に検討していた。

 さて戦型は4度目の相掛かり。しかし、いずれも違う形となった。本局は、2023年6月に指された第94期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第2局の佐々木大地七段-藤井聡太棋聖戦と同じ形に。斎藤が誘導したのは明らかだ。

振り駒では斎藤八段の先手番となった

 さっそく皆でわちゃわちゃと検討に入る。叡王戦の持ち時間は4時間でチェスクロック使用と、8大タイトル戦の中で一番短い(棋聖戦と棋王戦も4時間だが、1分未満切り捨て)が、伊藤の指し手が進まない。佐々木が「時間使っているね。イトタクはこの形になるのは想定外だったかなあ」といえば、三枚堂も「斎藤さんは(この形を)狙っていたんですねえ」とうなずく。