羽生という存在の巨大さは変わらない。それでも…

 両者が駒を並べ終えると、記録係が盤の脇に絹の布を広げた。歩を5枚、手の内でシャッフルしてからそこに放った。先手後手を決める「振り駒」である。「歩」が多ければ羽生の先手、裏の「と」が多ければ豊島の先手となる。理詰めの勝負もこの時ばかりは運頼みなのだ。

 結果、先手は羽生となった。2勝2敗でフルセットにもつれ込んだことも、振り駒によって羽生の先手と決まったことも4年前の王座戦に敗れたあの日と同じだった。羽生という存在の巨大さも変わらなかった。悪い予感が浮かんでもおかしくない状況だったが、豊島の心はやはり揺れなかった。色白の顔を少しも動かすことなく座していた。

 午前9時、真夏の都市センターホテルの対局室に開始を告げる立会人の声が響いた。

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いまだ成らず 羽生善治の譜』(文藝春秋)

「─定刻になりました。羽生棋聖の先手で開始してください。よろしくお願いします」

 羽生はまず心を整えるように目を閉じた。それから一拍置いて、静かに飛車先の歩を突いた。その瞬間、豊島の背後で再び無数のシャッター音が響いた。タイトル通算100期という大記録に王手をかけた羽生の第一手をあらゆるメディアがカメラに収めていた。豊島はシャッター音が静まるのを待って、自らも羽生に応えるように飛車先の歩を突いた。静かで自信に満ちた所作だった。あの日とは違う──豊島にはその確信があった。

電王戦後に変わったある棋士の姿

 羽生に敗れた2014年の王座戦をきっかけに豊島は研究スタイルを変えた。人と指すのではなく、人工知能と指す。この4年間、ひとりAIソフトと向き合う日々を続けてきた。そこに自分にはないものを見出したからだった。

 きっかけは自分より先に第2回の電王戦に出場したある棋士の姿だった。その棋士はAIソフトとの対局を境にして変わったように見えた。もともと切れ味の鋭い手を指してはいたが、電王戦後は以前よりも将棋に厚みのようなものが感じられるようになった。AIソフトと指すことで何を手に入れたのだろうか? その好奇心が豊島を第3回電王戦への出場に駆り立てた。ただ同時に不安もあった。もし棋士がAIソフトに敗れれば、将棋界はどうなってしまうのか。あるいは棋士という職業自体がなくなってしまうのではないか。

 4歳の頃、テレビ画面から伝わってくる棋士と対局場の緊迫した空気に引き込まれてから、迷わずこの道を進んできた。他の多くの職業の中から選び取ったという感覚もなく、まるで定められていたかのように将棋を生業とする棋士になった。他の道を想像したことすらなかった。自分には将棋しかない。だからこそ、危機感は募った。人工知能は敵なのか、それとも──。