男の子との“まさかの再会”
同じ日の午後、その男の子はよりによって私の指導対局を受けに来た。
(フッフッフ坊や、こんなつまらない棋士の指導など受けたくないだろう? ほうら王手飛車だ、プロの恐ろしさを思い知るがよい)
子ども相手に本気で負かしにいく。実に大人げない私である。
しかしイベント終了後、お母さんに連れられてその男の子が挨拶に来たのだ。
「この子は棋士の先生に会うのが初めてで、今日は杉本先生に会えるって楽しみにしていて……」
躓く石も縁の端。偶然つまずいた路傍の石にも、何らかの因縁があるという。恥ずかしそうに後ろに隠れてお母さんの手にぶら下がる男の子を見て、分かり合えた気がした。
ご婦人の一言にも凍り付く
一方でお互いが石ころのまま終わるケースもある。その数カ月後の別のイベントでのこと。会場近くを歩いていた私に、年配のご婦人が話しかけてこられた。
「杉本師匠、今日は藤井さんはいないの?」
「ああ、彼は家で将棋の研究をしているんじゃないですかね」
「あらそうなの」
そのご婦人、大げさな身振りを交えてため息をつく。
「残念ねえ」
それまでの和気あいあいとした空気が一変する。
(ご婦人、何てことを!)
その場にいた私一人が凍り付いた。
そんな空気をよそに、立ち去るその女性。え? それを聞きに来ただけ?
私からすれば、この女性は招かれざる客。だが先方にとって、私はきっと招かれざる棋士だ。げに恐ろしきは人の心である。
あのとき、「いやあ、師匠だけですみません。でもイベント楽しいから寄って行ってください」とか軽い冗談で切り返せたらお互いの心が和んだのにな、と今では思うのだ。
もしかすると藤井七冠だって同じような目に遭っているかもしれない。
「えっ? 今日は師匠と一緒じゃない? 残念だ……」
まあ、これは無いね。
ともあれ、つまらなくて残念な師匠のエッセイは来週も続くのだ。



