渡辺プロ社長の申し出をきっかけに事務所から独立

 香港では結婚前には風水師に占ってもらう習慣があり、その言葉に従い、この年のクリスマスに婚姻届を提出、翌1986年の年明けに香港で結婚式、続いて東京で披露宴を行ったときには、家族もすっかり彼を気に入って仲良くなっていたようだ。

 結婚後まもなくしてアグネスは妊娠する。しかし、渡辺プロで新たについたマネージャーは心身ともに不安定な彼女にどう接したらいいかわからない。彼女はそんなマネージャーと衝突して、一人で仕事に出かけるようになってしまう。そこで渡辺プロの渡辺晋社長(当時)が夫の金子氏に「おまえ以上のマネージャーはいない」と頼んだのがきっかけで、夫婦で新たな事務所を設立することになった。

「局に赤ちゃんを連れてきていいから番組に戻ってきてほしい」

 第一子となる長男が誕生したのはこの年の11月だった。産休に入る時点でアグネスはテレビやラジオ、雑誌でレギュラーをたくさん抱えていた。このうち『なるほど!ザ・ワールド』はとくに彼女の早い復帰をのぞんでいた。横浜在住だった彼女は、一度子供を置いて出かけると母乳を与えるためいったん家に帰ることもできないとして、復帰をもう少し待ってくれるよう頼んだ。すると、局に赤ちゃんを連れてきていいから番組に戻ってきてほしいと言われる。

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長男を抱くアグネス〔1987年撮影〕

 彼女のほうも個人事務所を開く直前であまり長く休むわけにもいかず、また仕事仲間に迷惑をかけてはいけないという気持ちもあった。こうして産後2ヵ月くらいでCMの仕事を再開、3ヵ月後の1987年2月にレギュラー番組に復帰する。

 香港の芸能界では大スターでも子供を仕事場に連れていくのは普通のことで、彼女も子供が1歳半になるまでと決めた上で、当然のように職場へ連れていくようになる。『なるほど!ザ・ワールド』の収録現場ではスタッフたちが、赤ちゃんのために使えるよう楽屋に毛布を置いてくれたり、自発的に色々と気遣ってくれたという。

「アグネス論争」の発端

 子連れ出勤について当初はメディアでは好意的にとりあげられていたが、やがてベテラン芸能人などから批判が出始める。ただ、彼女の記憶ではいわゆる「アグネス論争」の発端は、京都の大学で講演したとき、2つの週刊誌から突然写真を撮られ、後日、載った記事に事実誤認があったため、各編集部へ訂正を求めたことだという(前掲、『「結婚生活」って何?』)。これをきっかけに、芸能人である彼女が講演をするのはおかしいといったことが何人かの識者によって書かれ、批判は彼女を文化人として持ち上げるメディアにも向かった。