あえて教えるのをやめた弟子も

――同じ深浦門下でも、齊藤優希四段だと接し方がまた違いますか。

深浦 そうです。齊藤優希くんはいちばん悩んだ弟子でしたね。

――どういった辺りで悩みましたか。

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深浦 齊藤優希くんは大人しいので、自分の影響を彼に与えすぎてしまうところです。彼が三段リーグに入ったとき、すでに棋士だった佐々木大地、斎藤明日斗(六段)くんの4人で研究会をやっていました。でも、気づいたら自分が主導権を握ってしまいます。

 例えば、齊藤優希くんの将棋を4人で検討していても、いちばん口数が多いのは師匠の自分です。それに昼食もご馳走するから、齊藤優希くんからすればいいたいこともいえなくなる。

 あるとき、そのことにふっと気づきました。それから齊藤優希くんとの研究会を全部やめました。

 不安もありましたが、齊藤優希には同年代や、中村太地(八段)さんとか先輩の人たちから将棋を教わる環境がある。あとはもう皆さんにお任せして、自分が一歩下がったことで、プロになりたいという気持ちがもっと湧き上がるのを期待しました。

 

――教育やマネジメントの話として興味深いです。黙っているからわからないのかな、素直で真面目だから教え甲斐がある。そう思ってよかれとアドバイスしても、逆に本人の主体性や自主性を損なうリスクが生まれます。

 その辺りは教える側、教えられる側の性格や相性でもかなり違ってきそうです。深浦九段のように、佐々木七段と齊藤優希四段の違いを踏まえて、接し方を変えるのはなかなか大変でしょうね。

深浦 齊藤優希のように、一見は寡黙でもいっぱい考えている人はたくさんいるはずです。そういうときに師匠が近くにいる善し悪しに、自分でふと気づけたのは偶然でした。

弟子にアドバイスすることの難しさ

杉本 将棋や考え方は、身近な棋士から影響を受けますよね。東海地区在住の棋士に長考派が多いのは、弟子入りする前の東海研修会の影響じゃないかなと思っています。

 研修会では棋士と研修会員が駒落ち(ハンデ戦)を指すのですが、幹事の私と澤田真吾七段は序中盤で持ち時間を早々に使いきって、一分将棋(1手を60秒未満で着手する)で戦っているのがほとんどです。そういう姿を見たら、若い子も真似しますよね。

 それは深浦さんの話を踏まえても「しっかり考えるのはいいこと」に思えます。しかし、その代償に終盤で必ず時間がなくなり、秒に追われてミスが出やすくなってしまう。弟子に三段リーグの将棋を見せてもらうと、序中盤の段階で早々に持ち時間をかなり使っている展開が多いんですよ。

「なんでこの場面で一分将棋なの?」「駒組みはもっと早く指した方がよくないか?」「どれだけ考えても選ぶ手はひとつだから、ここは飛ばしてもいいだろう」と思うこともあるし、実際にいうこともあるけど……。私自身が長考派だから、人のことはいえない(笑)。弟子にどうアドバイスするかは、本当に難しい。自分にないものはアドバイスできないじゃないですか。

 

深浦 うんうん、そうですね。

杉本 だから、他の人のアドバイスはありがたいです。若者に新しい血が入れば、一皮剥けてくれるでしょう。勝負は勝つこと、結果が残らないと評価されない世界です。

 特に奨励会はそうですね。とにかく強くなるには、いろんなものを経験した方がいいですよ。私の考え方が合う弟子もいれば、全然合わない人もいますから。