「テレビは見れていませんが、『鬼滅の刃』は全巻読破しました。好きなキャラクターは、猗窩座です」
岸田文雄元総理がXにそう投稿したのは2021年9月25日、『劇場版鬼滅の刃 無限列車編』がテレビで初放送された日の深夜のことだった。興行収入400億円という未曽有の記録を打ち立てた作品への言及だが、それに対するリプライは必ずしも好意的なものだけではなかった。「あんな卑怯なやつ好きなんだ」「総理になっても弱者を淘汰しないで欲しいです」という反応に対し別のファンが「原作を読んでくれ。俺はただそれだけを言うよ」と返し、いささかリプライ欄は荒れ気味になっている。
『無限列車編』から『無限城編』に繋がる猗窩座の物語
『無限列車編』の観客総動員は2897万人。それに対して原作の発行部数は1巻あたり713万部と言われているから、映画は見たけれどその先の原作を読んでいないという人の方が多いことになる。アニメで『無限列車編』までを見た観客と、その先の原作まで読んだ観客で猗窩座というキャラクターへの印象がまったく違うというのは、『劇場版鬼滅の刃 無限城編第一章 猗窩座再来』が公開された今なら誰もが納得できるのではないだろうか。
今回の映画は、前作『無限列車』で「弱者には虫唾が走る」と言い放ち、炎柱・煉獄杏寿郎を殺した猗窩座の人間時代の悲しい過去とその最後が描かれる内容だからだ。それを知っているかいないかで、元総理が猗窩座を好きなキャラクターにあげることの意味はまったく変わってくる。
いわば『無限列車編』と『無限城編』という2本の映画作品は猗窩座というキャラクターの勝利と敗北を描く表裏一体、前編後編のようになっていて、今回は猗窩座の正体が明かされ決着がついた形になる。
『鬼滅の刃』という作品において、鬼との戦いはその一人一人が現代社会の隠喩であるかのように、意味を持っている。魘夢(えんむ)は洗脳と仮想現実。堕姫と妓夫太郎は貧困と差別。今作『無限城編』でも描かれる上弦の鬼・童磨と女性隊士である胡蝶姉妹の死闘は、まるで女性への暴力に対する抵抗と怒りを象徴するかのようだ。

