渋谷の街はいつも人で溢れている。スクランブル交差点の信号が青になると三千人が行きかう日も。そのすぐ脇にひっそり立つ“建物”がある。今あまり見かけない通称・新聞スタンドだ。
NHKの『72時間』は、大都会の片隅で三日間、立ち止まって〈渋谷駅前“最後”の新聞スタンド〉の客の姿をとらえた。
井の頭線の乗降客でビッシリのエスカレーターで降りると、すぐ斜め先にスタンドはあるが、誰も見向きもしない。十分後にやっとお客さん。「週刊つりニュース」を購入。表紙に“マダコ乗り乗り・東京湾&茨城”。もう一誌、「ビッグコミックオリジナル」も。「釣りバカ日誌」を読むためという八十代男性。スタンドが出来た直後から、六十年近いお客さんだ。
元気な女性がスタンドから新聞の夕刊を三紙も抜きとった。若いスタッフが驚き「なぜ三紙も」と訊くと「ここだけなのよ。もはや夕刊新聞を売ってるのは」。でも三紙もとは。年配の女性は「読み比べが面白いのよ」。朝日に東京と毎日を手に取る。朝刊で間に合わなかったイスラエル合意の記事が載る。各紙の見方が違って。おまけに安いのよ、とも。二紙は五十円で朝日は七十円。コーヒー一杯より安いんだから。
私も同感。いま一般紙の夕刊はコンビニに無い。JRの駅改札口近くのニューデイズにあるだけだ。金曜日は各紙とも映画特集。これがネットや映画雑誌より早く深く、金曜から上映のお勧め映画を紹介する。
私は読売、毎日、朝日、日経。以前は東京も購入したが、都区内でしか買えなくなった。文壇ゴシップ欄“大波小波”が読めないのが残念だ。読み比べは面白いよ。朝日よりリベラル色あった毎日が、石破政権に批判的なの。石破首相の退陣を報じ、結局誤報になった意趣返しなのか、石破おろしモードだ。
客は少ない。そして大半の客が買うのは百八十円の「日刊ゲンダイ」と「東京スポーツ」だ。競合紙「夕刊フジ」は今年二月一日付で休刊。火曜日のR・ホワイティングのMLBコラムと、新橋のネクタイ巻き氏のテレビ評は良かった。
大半の通行人が目もくれないスタンドに外国人の中年夫婦がスマホを向けた。何故またと訊かれ「本当に美しい」と妻は新聞スタンドを誉め「ここは古いけど、まわりは新しい」と。
高層ビルの多くは美しくない。“三井のすずちゃん”が激推しする宮下パークの安っぽさといったら。さすが外苑再開発への反発など無視してゴリ押しする企業の作るものはと納得。
道玄坂小路の「麗郷」裏手に現れた「ホテルインディゴ」も情けないし。そんなビル群の片隅に残ったスタンドに通う常連と、その美に気づく外国人観光客の視線の鋭さが嬉しい。
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『ドキュメント72時間』
NHK総合 金 22:00~
https://www.nhk.jp/p/72hours/ts/W3W8WRN8M3/



