日本でパンダが好きとか、子どものためにとか言いながら…

 実際にタンザニアに行ってみると、私の知らないことだらけだった。報道されている以上に、子どもたちは悲惨な状態だった。飢えた子どもたちの中には、小さい時に栄養が脳にいきわたらなかったせいで、脳が育ってなくて、地面をずるずる這っている子もいた。脳が命令しないと、人は歩くことも、立つこともできないのだ。もちろん、考えることも、話すこともできない。今から栄養をあげても、もう育つことはない。運よく生きのびたとしても、ただ這っていることしかできない。でも、飢えている子どもたちは、愛にも飢えていて、みんな、私にしがみついてきた。私は抱いてあげることしかできなかった。

アフリカの子どもたち ©文藝春秋

 私は漠然と、アフリカに行けば、象やキリン、サイやシマウマがいるのだろうと思っていた。でも、ユニセフの職員の方が、

「アフリカの子どもたちで、象を知らない子はたくさんいます」

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 と教えてくれた。動物園なんか、ないのだ。もちろん、そういう動物たちと近いところで暮らしている人たちもいるし、動物園のある町だってあるけど、アフリカ全体で言えば、象を知らずに死んでいく子どもたちの方が圧倒的に多いのだ。日本の子どもで、本物は見たことがなくても、象を知らない子はあまりいないだろう。

 私はショックを受けた。日本でパンダが好きとか、子どものためにとか言いながら、いかに何も知らずに、いろんなことに関心を持たずに、ぼんやりと暮らしてきたか。何より、こんなにも子どもたちがきびしい状況に置かれている現実を、知ろうともしなかったことが恥ずかしかった。

ある子どもとの出会いと別れで親善大使を続けようと決めた

 でも、アフリカでこんなこともあった。ある学校で、先生が子どもたちを呼ぶ時に、「×××トット!」と大きな声をあげたのだ。そして、アフリカでいちばん使われているスワヒリ語では、子どものことを「トット」と言うのだと知った。小さい時から、トットと呼ばれてきた私は、「私は子どもたちのために働くべく生まれてきたんだ」と、天の啓示のように思えて、感動した。

アフリカの学校で学ぶ子どもたち ©文藝春秋

 それ以来、四十年以上、ユニセフには「いま子どもがいちばん困っているところ、いちばん緊急で私たちを必要としているところはどこですか?」と尋ねて、訪問する国を決めてきた。

 つらいことも、たくさんあった。おおぜいの子どもたちの死も見た。インドで会った、破傷風で死にかけていた男の子は、高熱でやせ衰え、破傷風の症状で筋肉が硬直して、ほとんどしゃべれなかった。でも大きな目で私を見つめていたので、私が顔を寄せて、日本語で「あなた、頑張ってね。先生も一生懸命やってくださってますからね」と言ったら、「ウウウウッ」と、のどの奥で声を出し、一生懸命に何かをしゃべろうとした。そばにいた看護師さんに訊くと、まさに死にかけている、その子が「あなたのお幸せを祈っています」と言っているという。こんな心やさしい子が、予防注射一本してもらえなかったせいで、死ななくちゃいけないなんて。それなのに、初めて会った私の幸せを祈ってくれるなんて。この子との出会いで、私は、親善大使を続けようと決めた。