伊藤は「人間が苦しむ手を指すのがうまい」
谷川が「最後(105手目)▲2五歩がありましたかねえ」と言うと、しばらくして藤井が「▲4三馬入れるんだ!」といって天を仰ぎ、うなだれた。つまり、▲3六歩に代えて、▲2五歩△同玉▲4三馬と連続王手で上部を開拓する順があった。これなら入玉もありえたのだ。藤井は「その手前がひどすぎるのでしょうがないですね」とつぶやいた。21時51分に感想戦が終了し、藤井が駒を片付け、両者深々と頭を下げた。
控室に戻ると、棋士たちも感想戦をしていた。森本に、何が印象に残ったかと聞くと「やっぱり△2二銀引です! あの手はすごい」と即答した。斎藤も同じく△2二銀引を挙げた。
「印象に残るのは△2二銀引ですね。AIの評価値や候補手はともかく、(伊藤さんは)人間が苦しむ手を指すのがうまいです。少し悪いくらいの局面を難しくさせる指し回しが。
それが伊藤さんの持ち味で、(タイトル戦で)戦った棋士としての実感です。藤井さんが寄せにいって間違えたというのは珍しい。1局目は藤井さんが快勝でしたが、シリーズが混沌として面白くなりました。同学年対決らしい勝負になりそうです」
打ち上げでは、伊藤の隣に座った。ほかの関西棋士も一緒だ。ビュッフェ形式だったのだが、乾杯のあいさつが終わると、すぐに若手たちがさっと立って、伊藤と私のために料理を持ってきてくれた。
「△2二銀引には▲2六桂が本線」やはり伊藤は読んでいた
もちろん伊藤には、あの局面の読み筋を聞く。
「(△2二銀引に代えて)△2九飛は▲4五桂△4四銀▲2五桂でダメだと思いました。△2二銀引には▲2六桂が本線でした」
やはり読んでいたのだ。
第1局のシンガポール戦については「睡眠は大丈夫でしたし、食事も美味しかったです」とのこと。伊藤は竜王戦、棋王戦、叡王戦のタイトル戦を戦ったが、いずれも最終盤での夕食休憩がない。休憩時間30分だったけど、どうでしたかと聞くと「全部食べられました」と平然としている。つよい。藤井の存在があるから鈍くなるが、22歳で5度目のタイトル戦はすごいことなのだ。
藤井が語っていた「複雑な終盤戦が面白い将棋」は、まさに本局こそそうだった。藤井の寄せも、伊藤の△2二銀引も、AIでは指せなかった。AIの指し手ばかりが正解ではない。同年代の2人が、負けられない、負けたくないと熱い勝負を見せてくれる。令和の名勝負はこれからますます熱くなる。
改めての三番勝負、負けず嫌いな君たちの次局がめちゃめちゃ楽しみだ!
写真=勝又清和
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