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中国カレービジネスの秘密 13億人に“日本式カレー”を売るには?

羽子田礼秀――クローズアップ

2018/08/02
羽子田礼秀さん

 3年間、の約束で羽子田さんが単身中国に渡ったのは1996年、42歳の時。

「以前からハウス食品は米国でカレーレストランを展開していましたが、『米を食べる中国人にはカレーライスは受け入れられるはず』と当時の社長が上海への出店を決めたんです」

 日本のお洒落な洋食レストラン「カレーハウス」は、中国人の平均月収800元(1万2000円)の時代に、客単価が42元(630円)。日本の物価で言えば、5000円位の感覚だった! カレーの原材料は全て日本から運び、カツカレー、コロッケカレー、お子様メニューやフルーチェを使ったパフェが人気を博した。

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「富裕層だけでなく中間層の中国の人達がお給料をためて来てくれた。中国でもカレーはいけると確信しました」

 次は家庭用のバーモントカレーの味の開発に着手。試行錯誤の末、中国人に馴染みのあるカレー粉と同じ黄色にして、味の決め手として中国家庭の台所には必ずある香辛料の“八角(はっかく)”を入れた。

中国で製造・販売されているバーモントカレー(百夢多咖幨)。写真は甘口。中国でも“日本式カレー”は家庭の味に。

「カレーの味を知らない中国人に商品を買ってもらうにはどうしたらいいか? 販売店での試食を実演する女性販売員さんの養成から始めて、考え付くありとあらゆるPR作戦を実践していきました」

 主軸に置いたのは、“小皇帝”と呼ばれる子供達を味方につけること。親子料理教室、工場見学の他、バーモントカレーマンや頭がリンゴで体がみつばちの点点(てんてん)ちゃん等、ゆるキャラも登場させた。

 共産党が企業活動を統制している中国でビジネスするには、役人達との折衝が日々、必要不可欠。羽子田さんは柔道五段(講道館)。大量のお酒を飲みつつ、相手の肚(はら)を見る中国の宴席でも、引けを取らなかったそうだが……。

「じつは中国で商売するのに必要なのは、体力より“演技力”(笑)。役人との良好な関係が大切であり、何とかして相手の懐に飛び込んでいくことが重要な任務になります」

 赤字続きの時も困難に直面した時も、「味の評価は高かったので、スーパーはもちろん学校や工場などで、10年間に20万回の試食会を実施して、徹底的に食べてもらう作戦を行いました」

 努力と忍耐の時期を経て、発売後8年で漸く黒字化、売り上げは10年間で20倍以上に伸び、2013年からは前年比120%で推移している。中国全土、約1万5000店舗で販売され、現地雇用の職員数は500名を突破した。

「3年のはずが中国駐在15年(笑)。驚異的な発展を遂げた中国とカレービジネスは歩みを共にして来ました。西端はチベット、ウルムチまでバーモントカレーは広がりましたが、中国の総人口13億人の一割程度しか、まだ“日本式カレー”を食べていない。中国カレービジネスはこれからも伸びますよ」

はねだゆきひで/1954年、東京都生まれ。中央大学経済学部卒業。78年ハウス食品工業(株)に入社。大阪・東京本社で18年間、営業を担当した後、96年カレービジネス起ち上げのため、上海に駐在開始。2009年上海ハウス食品社長、17年ハウス食品(中国)投資公司最高顧問などを経て、18年より現職。

INFORMATION

ハウス食品グループ本社 ホームページ
https://housefoods-group.com/

1997年、上海の花園ホテルの前という一等地にハウス食品工業が経営する日本の洋食レストラン「カレーハウス」がオープン。立ち上げの時以外は、ほとんど日本人は羽子田さん一人で、あとは中国人のスタッフ。味のばらつきを抑えるため、カレーの原材料はすべて日本から上海に運んだ。(写真提供・ハウス食品グループ本社株式会社)
カレーハウスのメニュー。アメリカ西海岸で展開していた「カレーハウス」ではカレーはポットに入れて、ご飯のお皿とは別にしていたが、中国ではワンプレートにして、カレーライスと付け合わせの野菜も載せるスタイルを採用。(写真提供・ハウス食品グループ本社株式会社)
中国版バーモントカレー。日本のバーモントカレーより色が黄色くて、中に中国家庭には常備してある香辛料の八角(はっかく)が入っている。(写真提供・ハウス食品グループ本社株式会社)
ゆるキャラ・バーモントカレーマン登場! 最初の頃は、社員みずからバーモントカレーマンの中に入って一生懸命、子供たちにアピールした。(写真提供・ハウス食品グループ本社株式会社)
中国家庭にカレーを根付かせるために、“徹底的に食べてもらう作戦”を展開。10年間に20万回の試食会を実施した。ショッピングモール、大手スーパー、マンションなどの試食会では、バーモントカレーマンは子供たちの人気者。(写真提供・ハウス食品グループ本社株式会社)
こちらはバーモントカレーの別のキャラクター。頭がリンゴで体がみつばちの点点(てんてん)ちゃん。バックのお城に見える「好侍」はハウスの中国名。(写真提供・ハウス食品グループ本社株式会社)
子供たちの工場見学風景より。楽しく見学した後は、工場の社員が作ったバーモントカレーの甘口をみんなで試食。(写真提供・ハウス食品グループ本社株式会社)
工場見学を終えて、バーモントカレ一の写真と記念撮影(最後列、右から3番目が羽子田さん。おみやげはもちろんバーモントカレーの甘口!(写真提供・ハウス食品グループ本社株式会社)
中国カレービジネスの秘密 13億人に“日本式カレー”を売るには?

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