過酷な環境で生まれ育った若者たちが、驚異的な記録を叩き出す理由

 ニャフルルは、そのリフトバレー地域の中でも特にランナーの数が多い町のひとつとして知られている。首都ナイロビから北へ約200キロ、車で4時間ほどの距離にあるこの町は、標高2300メートルの高地に位置していて、富士山の5合目とほぼ同じ高度。酸素濃度は平地の約80%しかない。

 この過酷な環境で生まれ育った若者たちは、自然と心肺機能が鍛えられ、とりわけ優れた競走能力を持つ者がランナーとなり、平地でのマラソンやトラック競技で驚異的な記録を叩き出すのだ。

 ニャフルル都市部の人口は2万~3万人と決して多くはないが、ここから巣立ったランナーたちは世界各地のマラソン大会で活躍し、この小さな町の名前を世界に知らしめてきた。日本の実業団や大学で活躍するケニア人ランナーの中にも、ニャフルルやその周辺地域の出身者は多い。

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乗合バス“マタトゥ”でエティーリの実家へ

 エティーリの実家は、そのニャフルルの中心部から少し離れたところにあった。初対面から数日後、待ちあわせ場所だったバスターミナルに到着すると、10台以上ものバスと客引きの数に圧倒された。客引きの前を通るたびに、顎を前に突き出して「お前はどこに行きたいんだ?」と迫ってくる。「ヘイ、フレンド」と近寄ってくる強引な接客をなんとかあしらっていると、先に到着していたエティーリが私を見つけ、彼の実家の方面に向かうバスに案内してくれた。

 エティーリの実家は、舗装されていない土の道路の奥にあるらしい。乗合バスは基本的に舗装された大通りしか走らないため、最寄りの停留所で降り、そこからは20分ほど歩いて向かうとのことだった。

 ケニアではこうした乗合バスのことを、マタトゥと呼ぶ。個人経営が多く、トヨタのハイエースなどのバン車両に経営者が自分好みのロゴやイラストをデザインしている。自分や家族の名前をデザインした簡素でスタイリッシュなものから、エナジードリンク「MONSTER」のパッケージを彷彿とさせるようなド派手な代物まで種類はさまざま。

 私たちは比較的、簡素なデザインのマタトゥに乗り込み、出発を待っていた。どうやらマタトゥに定刻はなく、乗客が集まり次第出発するシステムらしい。最初はスカスカだった車内が10分も経たないうちに席数を超える人でびっしり埋まり、いよいよ出発かという段階で客引きが集金に来た。

 私が財布からお金を出そうとすると、エティーリが素早く2人分の料金を支払った。自分の乗車賃を渡そうとして手を伸ばすと、彼は手を横に振りながら「いらないよ」と合図してくる。彼はまだ学生であり、私は30代中盤の社会人である。