幸せな夜
前夜は京都の大学に通う息子の唯と、フランスに住む親しい友人の娘かづが家に来て、楽しい時間を過ごした。
大崎の一人息子、唯への愛情は、和が見ていても気恥ずかしくなるほどのものだった。高校生になっても「可愛いなぁ」と言っては頭を撫で、唯も父親の愛情を照れることなく素直に受けとめていた。
この年の4月に京都に行って以来、久しぶりの帰省に大崎は「彼女はできたのか?」と聞いた。唯が「できたよ」と答えると、「そうか、えらい!」と嬉しそうに笑った。唯も父親の口の動きと表情で、言葉を理解することができたのだ。
かづは和が大崎と『将棋世界』誌の取材で30年前にフランスを訪れたときに、現地を案内してくれた日本人のコーディネーター山本夫婦の娘である。夫妻とはこれが縁で、その後に大崎と和が結婚してからも家族ぐるみで付き合いを続けてきた。夫妻が日本を訪れると、大崎は自宅に泊めて手料理を振る舞い、かづを我が子のように可愛がった。
彼女が来日したのは、大崎の容体を知っていてのことだった。前年の冬から日本に来る約束をし、一緒に北海道に馬を見にいく約束をしていた。帰りには山形にも寄って、親友である駒師の児玉龍兒氏を訪ねるつもりだった。和は「大崎が夏まで頑張れたのは、この旅行を楽しみにしていたことが大きい」と話す。治療方針もそれに合わせてスケジュールを組んできたのだが、かづが来る数週間前から、急激に容体が悪化してしまう。
それでも大崎は北海道に行くことを強く願った。これが最後の機会になることを本人が一番よくわかっていたのだ。しかし主治医は厳しい判断をせざるを得なかった。
「今のままでは新幹線の中で倒れてしまいますよ。治療を続けて、もう少しよくなってから……」
これまで主治医の言葉を尊重してきた大崎が、このとき初めて怒りを露わにした。
「それはいつなんだよ!」
声なき怒声が響いた。
すべてを喜びにかえて
電話の向こうから救急隊員が問いかける。
「息をされていますか?」
「わからないです。でもまだ体は温かい感じです」
「横にして心臓マッサージをしてください」
和は以前に救命講習を受けた経験があった。夫を横にして、必死で胸骨圧迫を続けた。闘病を続ける中で、骨と皮ばかりになってしまった身体。和の細い腕の力でさえ、折れてしまいそうだった。
救急車のサイレンが遠くから聞こえてきたのが、耳の底に残っている。到着した救急隊員が素早く大崎の手を取ると、すでに指先の硬直が始まっているという。
「もう亡くなられています」
ああ、こういうことなんだな……。
ぼんやりした記憶の中で、そんなことを思っていた気がする。


