「優しいところを大崎さんは見られたくなかったんでしょうね。自分のそういう面はあまり出したくない。強がっているまではいかないけど、そんな感じがしました」
癌は最後の1ヶ月で急激に悪化するというが、この頃は大崎の顔はまだふっくらとしており、森は次も会えると思った。
「とても合う薬があって、それで今は元気なんだと。見た目にもそう見えたので。迂闊やったなぁ……。
大崎さんに写真撮ってエッセイを書いてくださいよってラインしたことがあって、『写真はちょっとね』という返事だったけど、その後に何枚か送ってくれた。近くの公園に行って池に枯れ葉が浮かんでいるのを撮ったもので、水の波紋がすごく情緒的なんです。僕がこれいいなって言ったら『森さんのことを考えながら撮ったよ』って。大崎さんの心の中みたいに感じました」
この2ヶ月後に大崎は4度目の入院をした。梅雨入りも迫った6月中旬、和の誕生日2日前のことだった。
もう以前のように携帯での棋譜中継を観ることもなくなっていた。和が個室を出るときに「帰るね」と声をかけても、ぼんやりと外を眺めていた。人生を悟っているかのような姿に、これが最後の入院になるだろうなと思った。
別れの朝
8月3日の朝、とてもよく晴れた日だった。前夜はカーテンを閉め忘れて寝てしまったため、和は強い光で目が覚めた。
「おはよう、調子はどう?」
2階の寝室からラインを送ったのは、朝8時43分だった。大崎は1階のリビングにあるソファでいつも寝ており、それは編集者時代からの習慣だった。病気になってから和が体を気遣ってベッドで寝ることを勧めても、結局ソファがいいと言って、変えることはなかった。
いつもならすぐに返信があり、「体調は?」とか「何なら食べられる?」などのやり取りをする。しかしこの日は既読がつかず、リビングに備え付けてあるカメラの映像を見ると姿がなかった。トイレに行っていると思い、和はすぐに下に降りていった。
「中にいるの?」
ドアをノックしたが何も反応がなかった。鍵をかけるような人ではない。和が開くと、大崎は座ったまま俯くようにしていた。体を揺らしても反応がない。呼吸器切開してある喉元に手を当てると、まだほんのりと体温を感じた。和は2階にいる息子の唯を大声で呼んだ。事態を察して階段を駆け降りてくる足音に向かって叫ぶ。
「救急車を呼んで!」



