眠りを妨げれば雷が落ちる父、新聞運びと乾布摩擦から始まる石原家の正月。神聖なお年玉の儀式の裏で、次男・石原良純が今も忘れられないのは「兄だけ大きい」袋への違和感だった。石原家に潜む兄弟格差を、石原良純氏による新潮文庫『石原家の人びと』より一部抜粋してお届けする。

知られざる「石原家のお正月」とは―― ©文藝春秋

石原家の正月

 親父が帰っている朝は、子供の僕等も母親も、家中が息を殺して親父の目覚めを待つ。声高な子供の会話は、一オクターブ下げたヒソヒソ話。テレビのボリューム、ドアの開け閉めはもちろん、水道の蛇口を捻るのにまで細心の注意が払われた。睡眠が人生の活力源、眠りをなによりも尊ぶ親父の安眠を妨げようものなら、どんな厳罰が下されるやも知れない。

 黒く厳つい外国製の親子電話が鳴ったら、それが親父が起きたという合図。ビービーとけたたましく鳴る音は、「早く誰か部屋に来んか」と、親父の怒鳴り声にも聞こえる。受話器を取り上げた母親と、最初に目が合った兄弟の誰かが、直ぐさま二階の寝室に新聞を届けに行かなければならない。

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 一般紙五紙とスポーツ紙三紙。新聞を両腕いっぱいに抱えながら、寝室の重たい扉を少し開いて中の様子を窺う。大きな窓のカーテンがほんの少し開かれているだけで、外から真昼の光が室内を明るく照らし出す。

 親父の居場所を確認しようと視線を動かす間もなく、ベッドに横たわる親父から「オウッ」と低く声がかかる。新聞を放っぽり出して、さっさと退散したいところだが、そう簡単に逃げられやしない。朝の用事を矢継ぎ早に言い付けられる。

 まずは、カーテン開け。左右全部を、きちっと開けないと怒られる。次に、乾布摩擦の手伝い。ベッドに腰掛けた親父の背中を、亀の子だわしで力強く、長いストロークで擦る。手を抜けば、また怒られる。台所のジューサー・ミキサーの音が鳴り止んで、母親がリンゴとニンジンのジュースを持って来るまで、従順に親父の身の回りの世話に勤しんだ。

 親父が起きなければ庭にも出られず、声も出せない。起きたら起きたで、次々に用事を言い付けられる。子供の僕等は、滅多に顔を合わせない親父が、ずっと家にいなけりゃいいと、確かに思っていた。