三毛別御料地に巨熊が出没し、6人をかみ殺して6人を傷つけたうえ、十戸余りの農家へ侵入。同地方の住民を震駭(しんがい=恐れ驚き震える)させたことは本邦開闢(天地の始め)以来未曾有の椿事(ちんじ=思いがけない大変な出来事)だが、いま詳報が入ったので記す。
▽死者 太田三郎(42)の内縁の妻・阿部マユ(34) 蓮見幹雄(6) 斉藤石五郎(42)の妻・タケ(34) 同三男・巌(6) 同四男・春義(3) 明景安太郎(40)の三男・金蔵(3)
▽負傷者 明景安太郎の妻・ヤヨ(34) 同長男・力蔵(10) 同次男・勇次郎(8) 同長女・ヒサノ(6) 同四男・梅吉(1) 長松要吉(59)
▽ほかに避難して危害を免れた者13人
実際には死者8名、負傷者3名
明景梅吉はこの時の傷がもとで2年8カ月後に死亡。斉藤タケには臨月の胎児がいたので、それを含めると死者は8人となる。負傷者としてあげられた勇次郎とヒサノはけががなかったことが判明。これで死者8人、負傷者3人に。蓮見幹雄は、太田家に子どもがいなかったので、6歳のときから実子代わりに預けられていた。死亡当日、太田家に入籍。長松要吉は太田家に同居する雇い人だったようだ。
「顔面血まみれになって倒れていた」「寝具は真っ赤に染まって…」
第一に被害を加えられた太田三郎方は御料奥地六号にあり、家人4人中、長松要吉は9日午前7時ごろ、樹木伐採のため山に登った。三郎も地区道路の架橋工事の手伝いで外出。家にはマユと蓮見幹雄の2人だけが留守番をしていた。ところが、午後4時ごろになって要吉が1日の作業が終わって下山。帰宅すると、屋内の土間に大豆、小豆などが散乱しており、ただ事でないのを怪しみながらよく見ると、血痕があちこちに点在し、炉端には幹雄が顔面血まみれになって倒れていた。びっくりして三郎の出先に知らせ、居合わせた1人とともに3人で現場に戻って調べたが、マユは家におらず、行方不明であるばかりか、鮮血がしたたり、寝具は真っ赤に染まって乱れ、血痕が所々に付着して足の踏み場もない凄惨な光景を呈していた。
窓の下の板囲いを突き破って大穴を開け、東方の山中に向かって何物かを引きずって行ったような形跡が歴然としていたことから、はじめて巨熊の仕業で幹雄が殺され、マユが薪で熊と戦ったが力及ばず、夜具に隠れたところを熊にさらわれたことが分かった。だが夜中なのでいかんともしがたく、焚火をしながら一夜を明かし、翌朝(10日)になってようやく近隣に知らせた。30人余りの応援を得て雪上の跡をたどってマユの遺体を探しに山に登ったところ、70間(約127メートル)余りの谷間に1頭の巨熊がマユの遺体を見張り、悠然と控えているのを発見した。同時に、熊も騒々しい物音に驚いたのだろう 猛然と立ち上がり、雪を蹴って雪煙をあげて突進してきた。一同は尻込みしてなすところを知らずためらい、銃を持った5人は狼狽のあまり、誰も発砲する勇気がなく、わずかに1人が1発を発射した。



