「腹破らんでくれ!」「のど食って殺して!」

 熊はなおも暴れ回り、臨月で体の自由が利かないタケを捕らえ、タケの左右に取りすがる巌、春義と明景の三男・金蔵に一撃を加えて即死させた。タケの足を食い始めたため、タケは痛手を負いながら、慌てている力蔵に「私は到底助からないものと諦めるが、おまえ早く逃げよ」と子を思う親心、「早く早く」とせき立てたが、力蔵は子どもながらも母の危難を見捨てて逃げる勇気もなく、ためらっていた。熊の立ち上がる様子に、家の草囲いと雑穀俵の間に潜り込み、俵を被って息を殺し、難を逃れた。熊は妊娠中のタケの腹部を食い、胎児と内臓を引っ張り出した。金蔵と巌の遺体の一部を食い尽くし、残りを春義の遺体などとともに搔き集めて、夜具とむしろで覆い、山中深く逃げ入った。

 生き残った力蔵の直接証言を得た木村盛武の記録により、タケが自分の体を食われながら胎児を思って「腹破らんでくれ!」「のど食って殺して!」と絶叫し続けたことはよく知られている。まさに「生き地獄」だった。

『慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件』(文春文庫)

 十人余の村民はやっと明景安太郎方に駆け付けた。恐る恐る家に入って、明かりをつけてみると、物は散乱し、各所に生々しい血痕が付着して凄惨な光景。一同いまさらのように仰天して家の中をくまなく調べたところ、明景ヒサノは幸いにも大惨劇を知らず、夜具を被ってスヤスヤ眠っていたため、熊に発見されず危険を免れ、力蔵とともに九死に一生を得た。斉藤巌はしりなどを食われながら生きており、「おじさん、熊を獲(と)ってくれ」と細々とした声で叫び、のどの渇きを訴えた。治療を受けさせるため運ぶ途中、哀れにも息絶えた。

明景家襲撃足取り図(「ヒグマ10号別冊」より)

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 このあたり、実際の状況はだいぶ違ったようだ。木村盛武の記録によれば、事態を知った50人余りが明景宅を包囲。わが子を案じて戻ったヤヨが半狂乱になってわめき続けたが、誰1人踏み込めないままだった。屋内からは断末魔のうめき声と救いを求める女性と子どもの叫びに重なって、羆が人骨をかみ砕く「ゴリゴリ」「バリバリ」という不気味な音がしていたとも。とうとう1人が銃を2発発射すると、熊は飛び出して山に逃げた。