あろうことか、陰謀論インフルエンサーのナオミ・ウルフと混同されてしまった超有名フェミニストのナオミ・クライン。確かにファーストネームは同じだが、スタンスは正反対なのに、なぜ?

 ここでは、クライン氏が自身の“ドッペルゲンガー”がはまり込む陰謀論の世界に潜入してまとめた『ドッペルゲンガー』(岩波書店)より一部を抜粋して、“もう一人の自分”がばら撒く現実離れした憶測に、クライン氏も影響を受けていく……理不尽な体験を紹介する。(全2記事の1回目/続きを読む

ナオミ・クライン ©Sebastina Nevols

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オキュパイ運動での出来事

 それが最初に起きたのは、私がニューヨーク、マンハッタンのウォール街のすぐ近くにある公衆トイレの個室にいたときだった。ドアを開けて外に出ようとした瞬間、2人の女性が私のことを話しているのが聞こえてきた。

「ねぇ、ナオミ・クラインがしゃべってたの、見た?」

 私は凍りついた。高校時代、私に意地悪をしてきた女の子の顔が次々に浮かび、それだけで屈辱感が襲ってきた。私が何を言ったって?

「今日のデモは良くなかったとかなんとか」

「誰が彼女の意見なんか聞いたの? 私たちの要求のことなんか何にもわかっていないのに」

 ちょっと待って。私はデモについて何も発言していない。もちろんそこで要求されたことについても。次の瞬間、ピンときた。しゃべったのは誰なのか。私はさりげなく手洗い場まで歩いて行き、鏡に映った女性の1人と目を合わせて言った。その言葉を、私はその後何カ月、いや何年も数えきれないほど繰り返すことになるのだが。

「それ、ナオミ・ウルフのことだと思いますけど」

 これは2011年11月、オキュパイ運動〔2011年9月ニューヨーク、ウォール街近くの公園で始まった反格差社会運動〕が最高潮に達したころのこと。アメリカをはじめ、カナダ、アジア、イギリスなど世界各地の都市で若者たちが公園や広場に集結して抗議の声をあげた。2010年から中東各地で始まった民主化運動「アラブの春」や、南ヨーロッパの都市の広場を占拠した若者たちのデモに触発されたこの民衆運動は、経済格差や金融犯罪への抗議を突きつけ、やがて新世代の政治を誕生させることになる。

 この日、マンハッタンではウォール街での大規模デモ行進が計画されており、女子トイレにいたのは金融街で働く女性ではないことは、黒い服に濃いリキッドアイライナーといういでたちから一目瞭然だった。