ナオミ・クラインがナオミ・ウルフと混同された理由

 私の同志であるデモ参加者が、なぜ私とナオミ・ウルフを混同していたのかは想像がついた。ナオミ・ウルフも私も大きな構想を展開する本(私『ブランドなんか、いらない』(邦訳 大月書店)、彼女『美の陰謀』(邦訳 TBSブリタニカ)、私『ショック・ドクトリン』、彼女『アメリカの終焉(End of America)』(未邦訳)、私『これがすべてを変える』(邦訳 岩波書店)、彼女『ヴァギナ』(邦訳 青土社)といった具合)を出している。

 彼女も私も髪の色は褐色で、時にハイライトを入れすぎてブロンドになることもある(彼女の髪のほうが長く、ボリュームがある)。2人ともユダヤ系。そして最も紛らわしいのは、かつては彼女と私の書くテーマははっきり分かれていた(彼女は女性の身体、セクシュアリティ、リーダーシップについて書き、私は民主主義を脅かす企業の横暴や気候変動について書いてきた)のが、オキュパイ運動が起きるころには、その区別があやふやになってしまったことだ。

 女子トイレでの一件があった時期、私はオキュパイ運動の拠点となったズコッティ公園(リバティ広場)を何度か訪れていた。ニューヨークに行ったおもな目的は、市場の論理と気候危機との関係についての取材(『これがすべてを変える』の執筆のため)だったが、運動の主催者たちは私に、2008年の世界金融危機とその後の途方もない不公正について短いスピーチをしてくれないかと頼んできた。

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 不公正とはすなわち、そもそも危機の原因をつくった銀行の救済に3兆ドルもの資金が注ぎ込まれる一方で、それ以外のほとんどの人は容赦ない緊縮財政政策に苦しんでいること、そしてこの危機が、合法化された詐欺を明るみに出したことなどだ。こうした不公正が人びとの間に生んだ不満を、やがて世界何十カ国もの右派ポピュリストたちが利用して、すさまじい反移民、反「グローバリズム」の政治プロジェクトを実施していく。首席戦略官スティーヴ・バノンの指導を受けたドナルド・トランプもその1人だ。

 けれども当時、まだ私たちの多くはこの経済危機が触媒となって民主主義が再生し、左派が力をもつ新しい時代がやってくるという希望を捨てていなかった。企業権力を規律に従わせ、凋落する民主主義をエンパワーして、気候危機をはじめ急増するさまざまな緊急事態への取り組みを進めることができるかもしれないと。私がオキュパイ運動の現場でのスピーチで話したのはそういうことだ。調べれば見つかるはずだし、読めば当時の私の考えがどんなに甘かったかと思い知ることになる。

 1990年代のフェミニズムの旗手だったナオミ・ウルフは、多くの抗議運動とも接点があった。私と彼女が混同されるきっかけは、そこにあったのではないかと思う。彼女はオキュパイ運動に対する弾圧が、アメリカが警察国家に変貌しつつあることの証拠だと論じる記事を何本か書いている。これは2007年の彼女の著書『アメリカの終焉』のテーマであり、どの国の政府も「10の段階」を経て明白なファシズム国家へ向かうというのがその主張だ。

 ウルフは、オキュパイ運動参加者の自由が大幅に制限されている――公園でのマイクやメガホンの使用は禁止され、逮捕者も多数出ている――ことは、この不吉な未来が近づいていることの何よりの証拠であり、すぐ目の前に迫っているクーデターを未然に防ぐために、アクティビストたちは言論と集会の自由の制限に従うべきではないと、記事のなかで主張している。

 だが主催者たちは公園に設営されたテントを撤去する口実を警察に与えないために、それとは違う方法をとった。発言者の言葉を近くの聴衆が大きな声で反復することで遠くまで伝えるというもので、やがてこのやり方は「人間マイク」と呼ばれるようになった。