「論理的飛躍のある言動」の火の粉が私にも降りかかる…

 けれども女子トイレでの出来事以来、私はウルフの言動にそれまでより注意を払うようになった。そして火の粉の一部が私にも降りかかってきたことに気づく。その異様さは増すばかりだった。全米でオキュパイ運動の拠点となった公園や広場が警察によって強制排除されたあと、彼女はある記事のなかで、その命令は連邦議会と時のバラク・オバマ政権が直接下したものだと――何の証拠もなく――主張した。

「点と点をつないでいくと」すべてつじつまが合う、とウルフは書く。オキュパイ運動に対する弾圧は「内戦の最初の闘いだった……連邦議会議員がアメリカ大統領と共謀して、自分たちが代表しているはずの国民に対し、暴力的で組織的な弾圧を行ったのだ」と。ウルフは、これは全体主義的支配への決定的な傾斜を示すものだと断言する。

 同じことは前にもあった。かつてジョージ・W・ブッシュ政権下では、彼女はブッシュが2008年の大統領選挙を行わせないつもりだと自信たっぷりに予測し(選挙は行われた)、その後も幾度となく同様の発言を繰り返してきた。「悲しいことに今週、アメリカ国民はタハリール広場〔2011年のエジプト革命の際に反政府デモの拠点となったカイロ中心部の広場〕の抗議者の真の兄弟姉妹に一歩近づいた」と彼女は書く。「彼らと同じく、今やわれわれは……この国の指導者から闘いをしかけられているのだ」

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 論理的飛躍のひどさはいうまでもない。だが私にとってもっと強烈な打撃は、緊急事態における企業権力や政治権力の横暴に注目するウルフの新たな視点(『アメリカの終焉』ではごく簡単にしか触れられていなかった)が、まるで『ショック・ドクトリン』のパロディを読んでいるように思われたことだ。

『ショック・ドクトリン』からあらゆる事実と証拠を入念に取り去り、私が決して支持できない、漫画のように大雑把で単純な結論に導くものではないか。まだドッペルゲンガーとしてのウルフと私がそれほど頻繁に混同されることもなかったにもかかわらず、こうしたウルフの見解が私のものだと思い違いする人が出てくることは、その時点で予想できた。さながら体外離脱体験のような気分だった。

画像はイメージ ©AFLO

 私はもう一度、ウルフがイブニングドレス姿で逮捕されたという『ガーディアン』紙の記事をよく読み直してみた。すると次の一行が目に飛び込んできた――「彼女のパートナーである映画プロデューサーのアヴラム・ラドウィグも逮捕された」

 私はこの一文を映画監督でプロデューサーのパートナー、アヴラム・ルイス(通称アヴィ)に読んで聞かせた。

「なんじゃそりゃ、いったい?」と彼。

「そうなの」と私。「まるでクソ陰謀よね」

 2人とも吹き出して、ゲラゲラ笑った。