『M-1グランプリ』ラストイヤーにして、「敗者復活枠」で決勝に進出した、マセキ芸能社所属のカナメストーン。16年間共同生活を続ける2人は、中学2年生の冬に何気ない出来事がきっかけで一気に仲良くなり、その仲の良さは高校、大学で別々の進路を選んでも変わることはなかった。

 そんな2人がお笑い芸人になったのは、ツッコミ・零士の夢だったからだ。ボケの山口誠は誘われる前から「将来零士と何か一緒にやるんだろうな」と思っていたという。

 同じ未来に向かって歩み続ける2人がこれまで見てきた景色や、「カナメストーン」として活動する上で大事にしていることに迫った。(全4回の3回目/続きを読む

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カナメストーンの2人。左からボケの山口誠、ツッコミの零士。YouTube動画でもお馴染みのジャージ姿で取材を受けてくれた ©細田忠/文藝春秋

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将来零士と何か一緒にやるんだろうな、というのは思ってた

――2人で一緒にいる形って色々とあると思うんですが、その中でお笑いを選んだのはどうしてなんですか?

零士 僕の夢だったんですよね。

山口 お笑い好きだったよね。

零士 僕はよく友達と集まってみんなで『M-1』見たりしてたんです。タカアンドトシさん面白いなとか、笑い飯さんすごいなとか。それもあって、山口とコンビ組んだら、一緒にいられるしお笑いもできるし、一石二鳥だなって思ってたんですよ。山口はお笑い知らなかったよね。

山口 お笑いってなんなの? ぐらいだった。

零士 なので、結果的に俺の夢に付き合ってもらった形ですね。山口は大学の時サッカーのプロテストまで受けに行ったんですが、テストに落ちたって聞いた瞬間に、「決まったな」と思いました。それでお笑いに誘って、この家も契約して、最強の時間が始まって。

芸人になって間もない頃のカナメストーン

山口 中学のときに2人で『メンズノンノ』を読みながら「スタイリストのアシスタントになろう」みたいな話はしてたし、将来零士と何か一緒にやるんだろうな、というのは思ってたな。

零士 多分僕が一緒に飲食店やろうって誘ってたら、やってくれてたんだと思うし、僕が「お笑いやろうよ」って言ったからお笑いやってくれた感じですね。

山口 みんなが笑ってくれるのは嬉しいしな、っていうので。

零士 小学生のときって友達と「大人になったら一緒にパン屋さんやろうよ」とか話したりするじゃないですか。そのときってすごいワクワクしてたと思うんです。僕たちはそれを実際にやってるだけなので、みんなもやったらいいんじゃないかなと思います。でも家庭の事情とか、親からのプレッシャーとかもあってできないのかな。そこも僕らは恵まれてたんでしょうね。