真犯人しか知り得ない「事件の秘密」
井上はこの話を真実と確信する。一方、村山は弘前市の那須さんの自宅を訪ね、「驚かないでください。真犯人が名乗り出ました」と報告。対して、那須さんは自分に罪を着せた滝谷に恨むような様子は見せず、「勇気をもって名乗り出てきてくれて感謝する」と言ったそうだ。
1971年7月、南出弁護士は30人からなる弁護団を結成し、仙台高裁に那須さんの再審請求を申し立てる。この申し立ての前に弁護団は滝谷の知人から「事件のアリバイ工作に協力した」という証言を得ており、また、事件当日に自宅で氷を削る音を聞いたという那須さんの供述を否定した住民からも「実は密造酒を作っており警察に虚偽の証言をした。本当は那須さんのアリバイを証明できる」との証言を入手していた。
請求審で、まず弁護団は滝谷の告白の信憑性を裏づけるため、1972年3月、裁判官立ち会いのもと、滝谷に事件現場で20年以上前の犯行を再現させる。ここで滝谷は重要な証言を行う。逃走経路を説明する際、「家を出て、ナイフを捨てようとした井戸が隣の建物の左側にあったが、あまりに現場に近いので思い留まった」と口にしたのだ。弁護団は事前の調査で、井戸は隣家の右側にしかないことを確認していた。が、滝谷は頑なに右はない、左側だと言う。そこで、半信半疑、建物左側を掘ったところ、なんと家の主人さえ存在を知らなかった古井戸の跡が発見された。真犯人しか知り得ない「秘密の暴露」である。
しかし、1974年1月、仙台高裁は「有罪判決は疑わしいが、無罪を証明する明白性を欠く」として請求を棄却。当時の制度では「無罪を完全に証明できる新しい証拠」がないかぎり再審は認められなかった。