「真犯人」から電話

 同年5月29日、当時読売新聞の記者だった井上安正(1944年生)のもとに1本の電話が入った。電話の主は村山一夫と名乗る29歳の男性で、井上に「弘前大教授夫人殺し事件の真犯人と思われる人物がいる」という主旨の話をしてきた。

 なんでも、宮城刑務所に服役中、病舎で強盗傷害で収監されていた滝谷福松(1930年=昭和5年生)なる男が「以前に弘前で殺人も犯したが、それは無実の人間が罪を被ってくれた」と聞かされたのだという。この話がどうしても気になった村山は出所後に自ら弘前に足を運んで弘前大教授夫人殺し事件について調査、自分が獄中で会った滝谷こそ事件の真犯人なのではないかと考えるようになる。

 が、この件が公になれば、滝谷の生活が危うくなることは明らか。そこで事前に馴染みの弁護士であった南出一雄(当時67歳。那須さんの一審を担当した検事の後輩)に滝谷を引き合わせ、すでに弘前大教授夫人殺人事件が時効を迎えていて(当時は15年。現在は撤廃)、これから自白をしても処罰されないことなどを確認したうえで、本事件の取材を続けてきた井上に連絡してきたとのことだ。

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 村山の話に信憑性があると感じた井上は滝谷と直接面会。改めて事情を聞いたところ、生まれは北海道で、1934年に発生した函館の大火事で3歳のとき弘前に転居。那須さんとは子供のころからの知り合いで、彼の弟とは尋常小学校の同級生だったそうだ。

 戦後、ヒロポン中毒となり、女性を路上で押し倒したり、ナイフで傷つけるように。そして、1949年8月6日深夜、ヤスリをグラインダーで尖らせた手製のナイフを手に、以前ミシンの修理で訪れたことのある松永教授宅に侵入。すず子さんに触るのが目的だったが、寝ていた彼女が気づいたため喉を突き刺し殺害・逃走。凶器のナイフは翌日、映画館のトイレに捨てたという。