70年代からのオカルトブームが作ったイタコ像
70年代中盤からのオカルトブームを迎えると、イタコは死霊やあの世など超自然的な世界や属性を伴う存在としても見なされるようになる。この時期のイタコに関連する作品や記録を探すと、それまで多かったドキュメンタリーではなく、ホラーや心霊ルポなどに登場し始めている。
やがて90年代に再び起こる心霊ブームで、イタコは「恐山」「心霊」「口寄せ」という属性やイメージが完全にステレオタイプ化し、今日日我々が持つ「イタコ像」は完成していく。この時期には『地獄先生ぬ~べ~』や『シャーマンキング』『クレヨンしんちゃん』など子供や青少年向け作品にも、霊能力者として「イタコ」の存在がよく登場するようになり、筆者もこの世代の人間であるため、民俗学の世界に入るまで、長らくイタコに対してステレオタイプなイメージを強く持ち続けていた。海を挟んで向こう側の、恐山と下北半島を年がら年中見ている人間でも……だ。
全国から訪れた「ホトケオロシ」を求める人々
イタコが人口に膾炙するに伴い、恐山の大祭で口寄せに訪れる客の中には地元の人間のみならず、観光客や外部からの者も多くなった。東北や北海道だけではない。時には遠く関西、九州から訪れる者までいた。
80~90年代の記録では、深夜から恐山の山門前に並び、早朝4時5時(大祭中はいつもより早くしているという)の開門と同時に百人を超える人々が、イタコが待機しているテント小屋へ押し寄せたという。みなホトケオロシを行ってもらうため、必死になって全国各地から駆け付けた人々で、イタコが夜7時の閉門時間までホトケオロシを行い続ける光景が毎年恐山で見られた。
こうした莫大な数の客を捌くため、口寄せは恐山においてはどんどん簡略化されていった。本来であれば1時間程度かかることもあった口寄せも、早ければ10分程度、長くとも20分程度になった。口寄せ中の言葉も客のことを考えて標準語に近いものとなり、恐山でのイタコのホトケオロシは元の形とは大きく変容していった。
客は早朝に並べたとしても、順番が回ってくるまで6~10時間以上かかることも少なくなかった。最悪、並んでも順番が回ってこないこともざらであったという。そんな大変な苦労をして、「よく呼んでくれた。久しぶりにお前たちに会えて話ができてうれしかった。わざわざオヤマ(恐山のこと)まで来てくれて本当にありがとう。いつもお前や家族を守っているから安心なさい」などと、イタコの口を介した死者の言葉に耳を傾ける遺族は涙を浮かべることもしばしばであったという。たった20分程度の時間、亡き者と話すために遺族は恐山へ何日もかけて辿り着き、何時間も並ぶのだ。
