恐山などで死者の霊を呼ぶ「イタコ」の需要は今も絶えない。しかし、厳しい修行を経た本来の「盲目の巫女」としてのイタコは、医療の発展や社会基盤の向上とともに後継者が途絶え、現在数名を残すのみとなっている。
需要と供給の崩壊が起き、「自称イタコ」も現れるなか、『日本遠国紀行』(笠間書院)の著者である「道民の人」は、八戸市の古い住宅街へ向かった。“正真正銘、日本最後のイタコ”と呼ばれる女性に会うために――。ここでは、その際のもようを同書の一部を抜粋して紹介する。
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伝統的なイタコは5名…崩れた需要と供給
「イタコ」の需要はいまだ絶えず存在し続けている。それは、地元で根付いている地域のカウンセラーにして民間宗教者たる「伝統的なイタコ」も、メディアによって起こった恐山で死者の口寄せを行う霊媒師の「虚像のイタコ」も同じだ。そして、その数は決して無視できるような小さな需要には収まらない。
イタコは人々が癒しを求め、祈りの心を持ち続ける限り、その需要はこれからもずっとあり続ける。しかし、イタコが増えることはもう決してない。完全に需要と供給のバランスが崩れてしまっているのである。あまつさえ、伝統的なイタコは既に5名という消滅の危機に瀕した状況であり、うち3名はすでに後期高齢者である。おまけに次世代の養成がなされていないことを考慮すれば、青森や恐山の「イタコ」という風習は、そう遠くない将来にその存在や定義、供給に対してなんらかの選択や措置を取ることになるだろう。
事実、現地ではすでにカミサマ(編集部注:青森県の津軽地方で信仰されている憑依巫女。イタコが死者の霊を憑依させる死者の口寄せを行うのに対し、カミサマは神からのメッセージを伝えるために神を憑依させる)とイタコの混雑が進んでいる。本来カミサマはイタコのようなホトケオロシを行うことはなかった。しかし、祈祷や祭礼に関しては共通するものがあるため、1980年代から徐々にイタコとカミサマの境界は曖昧になり始めた。
イタコの側も、最後に伝統的なイタコとなった2人はどちらも視力になんら問題はない。師匠について修行を行ったとはいっても、本来のイタコの定義とはこの時点で外れている。しかし、地元の人間も外部の人間も、それを受け入れている。変容は確実に起こっているわけだ。
