自称イタコや「霊能力者」の看板を下げたイタコの登場
最近では、上記のステレオタイプなイタコのイメージを背負った自称イタコや霊能力者の看板を下げたイタコまで現れるようになった。彼、彼女らともなれば、地元で受け継がれてきた伝統的な祭礼や儀礼の要素は消失し、ほぼ死霊を降ろす技に特化した存在となっている。
人と人が死をもって永遠の離別を経験し、イタコのホトケオロシの術が人々の心にある限り、イタコを求める声は無くならない。その今後も絶えず続くであろう需要と供給のいびつな崩壊に対し、イタコはどうなっていくのだろうか。
本物のイタコが再生産されることはもうなくなった。伝統的な修行と儀礼をもってイタコが今後現れることは師匠イタコの技法を持った者がもうこの世にいない以上、ありえない。そんな中でも、なんとか今ある形を残したい。あるいは知見を集め、新しくイタコになる者が現れた際に道筋を立てられるようにするのが、江刺家さん(編集部注:八戸郷土史家で伝統的なイタコの姿と歴史、業を守り、伝える活動を行う人物)の目標である。
伝統的なイタコの実情を伝えると…
江刺家さんは、こうして道中、あるいは予約や連絡をもらった際の電話口で、客の態度や求めるものによっては、伝統的なイタコの実情と「できること、できないこと」をしっかりと伝えるそうである。中には幻滅したようにがっかりする人もいるそうだが、おそらくそれは恐山方式のイタコやメディアによって作られたイタコに頼りすがりたいと思う人であったのだろう。
たしかにイタコがいわゆる「霊能者」であるかどうかの議論はある。それでも私はイタコの手による、死者をあの世から呼ぶ業を見てみたかった。民俗儀礼や技術として極めて重要なものであると思うし、それが日本最後の本物のイタコによるものであるならばなおさらだ。
