消えゆく民間信仰の最後の炎を守りながら、笑顔で客を見送るタケさん。 実像のイタコと虚像のイタコが入り交じる現代において、「日本最後のイタコ」は何を思うのか――。
ここでは、日本各地を旅し、民俗学的痕跡をたどる「道民の人」による『日本遠国紀行』(笠間書院)の一部を抜粋。青森の地で生き抜いた盲目の巫女に対しての思いを紹介する。
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パタゴニアで暮らす、少数民族のお婆さん
私はよく「最後の一人」という言葉や存在について考えることがある。最後の一人……それはいろいろな職業や立場、世代のくくりで存在することだろう。その最後に残された一人の気持ちを、私は考えるだけで寂しく、そして恐ろしくなる。最後の一人の気持ちを、同じ目線で語ることができる人間はこの世にもう誰一人としていないのだ。
以前見たドキュメンタリー番組で、忘れられないシーンがある。南米は最果ての地、パタゴニア。人類がアフリカから旅立ち、最後にたどり着いた荒涼とした大地に、かつてヤーガン族という少数民族がいた。彼らがパタゴニアに住むようになったのは今から約6000年前で、独自の言語と文化を持ち、150年前には3000人の人口があった。しかし、やがて西洋の文明が入ると彼らの数はみるみる減少し、その生活や文化はすっかり破壊された。文化保護が叫ばれる時代が来た頃にはもう遅く、もはや再生ができない段階に来ていた。
2010年代に入って、純血のヤーガン族はいよいよ最後の一人だけになった。クリスティナ・カルデロンというお婆さんで、家族や孫たちがいたが、みなすべて混血で、西洋の言葉しか話せなかった。彼女はヤーガン族独自の言語を話すことができるネイティブ最後の一人でもあり、孫たちが「ねえ、お婆ちゃんの言葉を教えて」とせがむ姿に、思い出せる限り一つでも多く伝えていた姿が印象的だった。
最後の1人がなくなる圧倒的な寂しさと絶望感
「私の知っている時代や風景を思い出せる人はまだいるかもしれません。でもそれを私と同じ言葉で、同じ目線で語ることのできる人はもう誰もいなくなりました。私が死んだら……悲しいことですが、すべてが終わってしまうと思います。もう誰もヤーガン語を話さなくなるでしょう。私のあいさつに、私の言葉で返してくれる人はもう誰もいないのです」と語る彼女の家を辞すスタッフへの最後の挨拶は、ヤーガン語で「さようなら」を意味する言葉で締めくくられていた。
2022年に、そのお婆さんが亡くなったというニュースを私はネットを通じて知ることになった。私はその圧倒的な寂しさと絶望感にしばらく息が詰まったのを覚えている。同世代や同じ文化圏の人間が一人もいないことの恐ろしさを、私は年齢の経過とともに実感してきている。
