3歳で麻疹をこじらせて失明し、生きていくために13歳でイタコの厳しい修行に入った女性、中村タケさん。彼女が行うイタコとしての儀式はどのようなものなのか。

 実際にホトケオロシを体験した「道民の人」が当時の体験を執筆した『日本遠国紀行』(笠間書院)の一部を抜粋し、儀式を終えた直後のリアルな感情、そしてイタコ自身の半生について紹介する。

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「最後のイタコ」のプロフィール

 少し放心気味になって、向き直ったタケさんに私はすぐに返事ができなかった。

 何をどう返したらいいかわからず、「いや……凄かったです。ありがとうございます」だとか、そんなつまらない一言を発したと思う。

 恐山でのホトケオロシを含めて、記録や調査の事例を読むと、実際に口寄せを頼んだ遺族は「すっきりした。うれしかった」と語る人が多い印象がある。変にどこか冷めたところがある私は、「どうしてそんなことを思えるのだろう?」と今日この時まで思っていたが、自分自身で体験してその気持ちが実によくわかった。これはとても気持ちが良いものだ。もう会えないはずの人間が語る、慈愛に満ちた言葉の数々に、不思議と心の中が澄み渡っているのを感じる。

 江刺家さんが再びやってきて、私は忘れないうちに、イタコの口寄せのお礼である包みをタケさんに渡した。イタコへの謝礼は1人のホトケを降ろすごとに相場で5000円、もし複数降ろしてもらった時はその人数分×5000円。また「ホトケに会える」というのはおめでたいこと、素晴らしい供養なので、香典袋などの葬儀用の封筒ではなく、ご祝儀袋に包むのだという。

写真はイメージ ©︎baking/イメージマート

かわいらしいお婆さんの姿に戻ったタケさん

 タケさんは「ありがとうねえ。どうでしたか? おじいさん降りて来てくれましたか?」と実にあっけらかんとして話されている。先ほどの一心不乱に数珠を繰り、死者の言葉を語り続ける姿は消え、またかわいらしいお婆さんの姿に戻っていた。

 言葉にある通り、タケさんは口寄せ中の自分が喋った言葉や起こった出来事はほとんど覚えていないという。私は口に手を筒状にしてタケさんの耳にこれでもかというくらいの大声で返した。

「うん! 来てくれたよ! じいちゃん喜んでくれたよ! 危ない時があるから気をつけろとかも教えてくれたよ! 会えて嬉しかったよ!」

 するとタケさんは手を床についたまま、にっこりと顔を緩ませて「んだがい(そうかい)。良がったねえ」と返してくれたのであった。