「南部霊場伽羅陀山地蔵大士 恐山」の文字が入った白装束

 やがて、さきほどの黒い洋服の上に「南部霊場伽羅陀山地蔵大士 恐山」の文字が入った白装束と、オダイジを背負った姿でタケさんが現れた。

 この白装束はかつて恐山で商売を行う際、イタコまがいの人間と区別するために着ることが決まってからイタコの正式な装束になったという。そうして、祭壇の前に自力で向かわれると、私にむかって座り、深々と頭を下げた。

「今日はホンッドに遠いとっがら……ようこそお越しくださいましたねえ。それで、どなたを呼びますか?」

ADVERTISEMENT

 こうして、ついに死者の口寄せ。ホトケオロシが始まったのである。

 タケさんは優しい笑顔を浮かべて、私に呼びたい人の名を訊ねた。私が呼びたい人は決まっていた。

「私が生まれる前に亡くなった、うちのじいちゃんをお願いします」

 先の地元にいたカミサマの話で少し登場した祖父である。祖父は私の顔を見ずにこの世を去った。家族によれば、ずっと孫の顔が見たかったが、末期の胃ガンが見つかり、手の施しようもなく、私の誕生を待たずに亡くなったそうだ。子供の頃、よく父に「親父が生きてたらお前のことをたいそうかわいがったろうにな……」なんて話をよくされた記憶がある。その祖父と、会えるものなら会ってみたい。話せるものなら話を聞いてみたい。たとえ会話は無理でも……と私はこの日が来るまで決めていた。

写真はイメージ ©︎Wakko/イメージマート

93歳の高齢なのだから仕方もないが…

 イタコが死者の魂を呼ぶのに必要な情報は、最低限「故人の忌日」である。タケさんの場合は、そのほか「死者の名前」と「住所」を必要とする。

 祭壇の前に座ったタケさんは、手をついて耳を必死に私に近づけてその情報を得ようとする。江刺家さんからあらかじめ伝えられていたが、タケさんは耳が遠い。

 93歳の高齢なのだから仕方もないが、本当に遠いのだ。私の言葉を何度も何度も「え?」「んえ?」と聞き返す。一度聞き取れても、それを頭の中で覚え唱えられるようにしなければならない。最初に名前を覚えても、次に住所を覚えようとしているうちにまた名前を忘れてしまったり、今度は住所があやふやになったり、本当に何度も何度も、丁寧に「んー? えー……住所は……?」「本当にごめんなさいね……おじいさんの名前は○○さんだっけね?」と訊ねてくる。

「本来のイタコは盲目である」と何度も書いた。だからどれだけ耳が遠くとも、長めの情報を伝えられる手段は音や触覚にしか頼ることができない。

 タケさんにとって身近な青森県内ならいざ知らず、まったく知らない土地の住所を最初から最後まで反復するのは目の見える人間であっても厳しいものがあるだろう。それを90歳を越えたお婆さんが、まして耳が遠い状態でするのだから、こうなってしまうのも当然だと思う。