最後のイタコも私と変わらぬ人間なのだ
きっと昔、師匠イタコから弟子が経を習っている間も、こんな感じだったのだろうなあ……と、私は彼女たち盲目の人が生き抜くために必死で生きた時間を追体験するような思いに駆られた。それと同時に、人間国宝か生き神様のような存在に思っていた彼女のことも「ちゃんと人間なんだなあ……」と思えて、不思議な安心感がこみ上げてきた。最後のイタコも、私と変わらぬ人間であり、やっぱりそのあたりを歩いている田舎のお婆ちゃんなんだな……と。
本来、イタコは目が見えない代わりに聴覚や触覚、嗅覚が研ぎ澄まされるという。それによって、例えば客が漁師の人であれば魚の生臭い匂いで家業を想像したり、声の質感やトーンで言葉にならない感情や秘めたる想いを感じ取ったり、イタコマチに並ぶ人たちが交わす雑談から情報を得て、順番が回ってきた客の相談に応対するのである。それが一般の人には「なぜそんなことがわかるんだろう」と神秘性を帯びるわけだ(ちなみにこれはコールドリーディングと呼ばれる立派な話術である)。そんな大事な聴覚が衰えてしまっていても、このように今でも巫行を続けられるのは、長年の経験がゆえであろう。
私は声が低めで、おまけに前歯がすきっぱであるため、サ行とナ行、マ行の音を伝えるのに実に苦労した。一音一音丁寧に、嚙んで含めるようにタケさんに言葉を伝えた。
いよいよこれから、あの世から魂を呼び下ろす
そんなやりとりがひとしきり続き、ようやく無事にすべての内容をタケさんは覚えた。
「大変なイダッゴだねえこれ。ごめんなさいねえ。やっどおぼえだよ」
そう言って舌をペロリと出しそうなほど茶目っ気のある、恥ずかしさを隠すような笑顔を浮かべると、タケさんは祭壇に向き直った。いよいよこれから、あの世から魂を呼び下ろすのである。
タケさんは左手にあるお鈴をまず数回鳴らした。そして、ホトケオロシの言葉が唱えられ始めた。
※中村タケさんの「93歳」は取材当時の年齢です。また、タケさんは2025年11月頃から体調を崩され、ホトケオロシが難しい状態になっているとのことです
