『「あの戦争」は何だったのか』がベストセラーとなった近現代史研究者・辻田真佐憲氏の新連載「『戦後』の正体」がスタートした。「いま、なぜ戦後史を検証するのか」をテーマとした第1回から一部を紹介します。

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戦後史が「退屈」な理由

 戦後はもはや戦前(明治維新から終戦まで77年)を時間的に上回った。現在との連続性を視野に入れるならば、戦後史のもつ重みは強調するまでもない。そして戦前の教訓を正しく継承するためにも、現在との接点としての戦後はこれまで以上に深く語られなければならない。

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辻田真佐憲氏

 にもかかわらず、戦後史はどこか掴みどころがなく茫洋としている。自分自身が生きた時代については具体的に生き生きと語れるし、個別にみれば興味深いできごとも多い。しかし、ひとたび通史となると叙述は総花的になり、似たような時代区分(占領期、高度成長期、オイルショックを経ての安定成長期……)が繰り返され、どうしても平板な印象をまぬかれない。

 あえてこう言い換えてもいい。なぜ戦後史はこれほどまでに「退屈」で、気乗りしないものなのかと。

 戦後が「成功」とみなされてきたことは、その大きな一因だろう。対照的に位置づけられる戦前は、大東亜戦争の敗北という明確な「失敗」で幕を閉じた。そのため、「なぜあのような結末にいたったのか」という問いが切実なものとしておのずと立ち上がってくる。「同じ過ちを繰り返さないために学ばなければならない」という動機も理解されやすい。

 歴史は純粋な事実の羅列ではなく、現在からの問いかけで姿を変えていく。そのため、強烈な問題設定を与えられた戦前は、多くのひとを引き付ける高いコンテンツ力を備えているといえる。

 これにたいして戦後は、長らく「成功」とみなされてきたがゆえに、「なぜわざわざ戦後史なのか」という問いかけに答えにくい。「うまくいっていたのだから、わざわざ問い直さなくてもいいだろう」というわけだ。